ようするに破天荒な人生を送ってきました。
大学では一度も休んだ事は無いし、真剣に国家資格である公認会計士を目指して勉強も必死、大学通いながらアメリカで会社経営もしていました。
一方で皆の前でプレゼンする大切なクラスの前には、マリファナ吸ってテンション上げて、ヘイ、ミンナ!なんてやっていたり。(アメリカでは当たり前な感じで罪悪感なかった…。)
まぁ、とにかく人生において大学なんて必要性は良く分からない程の事。そこに至る為の過程に何したかが大切、大変でした。
高校は全米で1番古いお嬢様全寮制学校に一年間行き、英語が分からない、イジメ、日替わりカツアゲに合う、日本人にも海外知らない貧乏な田舎者として相手にされずな日々。ただとてつもないセレブ体験や、信じられない程モテモテ体験、アレルギーで海外で救急車や下半身麻痺を経験。何よりも一年間、監禁され寮から出られない日々と強制ボランティア活動と労働の青春16歳。金髪ブルーアイの彼氏の母親に100%監視付きの条件で外出申請してもらえる時が唯一の外出方だった牢獄生活。
全寮制の共学エリートプレップ校に編入後は海外学生会の副大統領、アジア人ながらテニス部キャプテン、大会優勝、学生寮長など就任するも、停学処分の度に失脚、というか高校まで義務教育の米国で私立高校に二度目の停学は通常無く、退学処分となるのが普通。
日本人は帰る高校が無い為、退学後は中卒となる。停学にしてあげるかの学校裁判が開かれ、なんとか勝訴(学校から遠く離れたリゾート地
で、学年主任と新米先生の極秘デートに遭遇、というなんともスキャンダルに極秘協力していたミラクル悪運に助けられた?)w生徒会役員の中から弁護人をお願いするため、嫌味で人を見下すから大嫌いだった学年トップの最優秀生徒で天才IQを持つ日本人がたまたまいてくれ必死で頭を下げてお願いした。
失望感、絶望感の中に居た私の気持ちが分かる…と一緒に泣いてくれた。学年トップの秀才は大親友となり、勉強や試験会場に付き添う私。友達と環境が一変し、大学進学以降も一日も休まず登校する程良い刺激を受ける。その後、会計専門職に付き、バブル絶頂期のシリコンバレーで
OL生活。一念発起して現職に至る。これが超短くした私の履歴書。
人生幸せか、まともか、普通か、狂ってるか、劣等生か優等生か。はたまた良い人か悪い人か。最低と取るか、自慢と感じるのか、これも人それぞれ。
そして人生紙一重。
栄光の一寸先に失脚があったり。ピンチが人生を救う事にも。
昨日まで大嫌いだった相手に頭を下げたあの日から20年後の今でも友人代表を努める程仲良しだなんて。昨日の敵が今日には味方、恩人になるのだから不思議。あの時の勇気と友情は誇れる財産になった。
何だかんだで自分が今幸せかどうか?
一寸先は闇か?でも台風の直後に晴天になる事はあるって、偉くないけど、体験者として誰かに伝える事はわたしにもできるかな。
信じる強さは経験から学んだ。
ま、ちょっぴり個性が過ぎて痛い思いをしてしまった私の人生。そんな私でも 三ヶ月後に人の親になる。
お腹の中の赤ちゃんは、なるべく私に似ないで欲しい
高校の卒業式、日本からかけつけてくれた教育者の父親は、会う人、先生方全てに日本語で謝り頭を下げまくっていた
。大学の時は誰も来なかった…
。私は反省しても後悔はない!でも親の立場になるなら、自分みたいな子は嫌…。
私の人生の伴侶となった夫はアメリカの弁護士してる日本人。どうせなら私を救ってくれた、友人を弁護出来る側の人間に似て欲しい。
ママ側に似ないでいいからね、愛しいベビーちゃん

ま、それが言いたかったの

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