坊1歳3カ月。
春に実家で1週間ほど過ごしている間に、「おはよう」「できた」「じょうず」「わんわん」など、はっきり聞き取れないけれど、それらしい言葉が出るようになりました。
言葉が出たことで実家の母からは「なにも心配すること無いよ」と言われ、私も安堵しました。
そして気持ちよく家に帰ってきたのですが、帰って1週間。
坊の言葉が完全に消えました。
最初は外で犬を見たりすると、やや甲高い声で「ワンワン!」と叫んでいたのに。
全く言わなくなりました。
このことで私はパニックに陥りました。
いや、きっと気のせいだ。と自分に言い聞かせながらも、発語のない日々が過ぎるにつれ、焦りばかりがつのり、「どうしてしゃべらないの!」と子供に怒鳴ったりしました。
同時にネットで検索ばかりするようになりました。
大事なわが子をほったらかして、「言葉が消える」などで検索しまくっていると、「折れ線型自閉症」「予後は悪い」「一生しゃべらないこともある」などの言葉ばかりが目について、毎日泣きながらネットと格闘していました。
この頃うちの坊はまだまだ後追いが激しく、ひとり遊びは全くせず、テレビも特定のCM以外集中してみる事がありませんでした。そのため可能な限りかまい倒していたのですが、検索魔になってからはこどもチャレンジのDVDをかけっぱなしにして、それでも寄ってくるわが子を振り払いながら検索をしていました。
今振り返っても最悪の数週間でした。子どもにもきっと悪い影響があったのではないかと非常に後悔しています。でもあの時はとにかく必死で、ほぼ毎日出かけていたはずなのに、その期間の記憶はぽっかりと開いています。他のことは何も覚えていません。
検索をしていて他に気になりだしたのが、「療育」という言葉です。私は漠然と、子どもに療育を受けさせたい。と考えるようになりました。
うちの坊は1歳2カ月になっても歩きません。
1歳1カ月でバイバイらしきものを何度かしたのですが、その後2カ月ほど全くしませんでした。
代わりにぱちぱちと手をたたく様子が見られ始めた頃でした。
同じくらいの子どもを見るにつけ違和感が募っていた私は、保健婦相談というものを知り、連絡してみることにしました。
お会いした保健婦さんはまだ若そうで、大丈夫なのか?と一瞬不安がよぎりました。そして後にこの不安は的中しました。
はじめは児童館のようなところで遊ばせながら、普段の様子の聞き取りなどを行いました。保健婦さんは発達の目安表のようなものを見ながら質問し、話を聞いてくれました。
結果言われたことは、「少しゆっくり目ではあるけれど、笑顔も見られるしこの月齢でおかしいというほどではない」ということでした。
納得のいかない私はあれもできない、これもできない、と必死に訴えました。多分かなりうっとおしかったろうと思います。
また後日改めて保健婦さんが自宅訪問して様子を見てくれることになり、この日は帰りました。
しかしこの後保健婦さんからの連絡はなしのつぶてで、自宅訪問を待ってから次の動きを決めようと考えていた私は懊悩する日々を送ることになりました。
この時保健婦さんは「できない事ではなく、できる事を見てあげてください。今しかないこのかわいい時期の育児を楽しんでください」と言いました。
この後、私がいたるところで耳にタコができるほど聞くことになるセリフでした。
1歳1カ月でバイバイらしきものを何度かしたのですが、その後2カ月ほど全くしませんでした。
代わりにぱちぱちと手をたたく様子が見られ始めた頃でした。
同じくらいの子どもを見るにつけ違和感が募っていた私は、保健婦相談というものを知り、連絡してみることにしました。
お会いした保健婦さんはまだ若そうで、大丈夫なのか?と一瞬不安がよぎりました。そして後にこの不安は的中しました。
はじめは児童館のようなところで遊ばせながら、普段の様子の聞き取りなどを行いました。保健婦さんは発達の目安表のようなものを見ながら質問し、話を聞いてくれました。
結果言われたことは、「少しゆっくり目ではあるけれど、笑顔も見られるしこの月齢でおかしいというほどではない」ということでした。
納得のいかない私はあれもできない、これもできない、と必死に訴えました。多分かなりうっとおしかったろうと思います。
また後日改めて保健婦さんが自宅訪問して様子を見てくれることになり、この日は帰りました。
しかしこの後保健婦さんからの連絡はなしのつぶてで、自宅訪問を待ってから次の動きを決めようと考えていた私は懊悩する日々を送ることになりました。
この時保健婦さんは「できない事ではなく、できる事を見てあげてください。今しかないこのかわいい時期の育児を楽しんでください」と言いました。
この後、私がいたるところで耳にタコができるほど聞くことになるセリフでした。
うちの地区は1歳児検診は任意なので、かかりつけの小児科に予約を取って見てもらいました。
検査内容はもうほとんど覚えていないのですが、出された課題のようなもののうち2割ほどしかクリアできていなかったことは覚えています。
ひとつよく覚えているのが、コップに積み木を入れ、それを床にさかさまに置く。積み木はどこにいったかな?というものです。
当然積み木は床に落ちているのですが、うちの坊はコップの内側をのぞきこんでいました。
そこで先生から、「まだ重力の法則が分かってないね、家で何度かやって教えてあげて」と言われました。
しかし実はこれ、10カ月検診の時も言われたんです。家でも何度もやりましたが、そのたびコップをのぞきこむ。この子はやっぱり何か問題があるんだ・・・と泣きたい気持ちで繰り返していました。それを「何度か見せれば自然に分かるから」と言われたのがとてもショックでした。
そして診断結果はおどろきの異常なし。
少し他よりものんびりさんなのは確かだけど、今すぐどうこういうレベルでは無い、と。
嘘でしょ。これだけできてなくて問題なしなら検診やる意味ないじゃん!と心の中は不満でいっぱいでした。
次は1歳半検診。と言われるのを必死に不安を訴えて、なんとか3カ月おきに発達を見てもらえることになりました。先生はかなりうっとおしがっていたようでしたが、このときは他にどこに診てもらえばいいのかわからなかったんです。
こうして1歳児検診はもやもやとしたまま終了しました。
検査内容はもうほとんど覚えていないのですが、出された課題のようなもののうち2割ほどしかクリアできていなかったことは覚えています。
ひとつよく覚えているのが、コップに積み木を入れ、それを床にさかさまに置く。積み木はどこにいったかな?というものです。
当然積み木は床に落ちているのですが、うちの坊はコップの内側をのぞきこんでいました。
そこで先生から、「まだ重力の法則が分かってないね、家で何度かやって教えてあげて」と言われました。
しかし実はこれ、10カ月検診の時も言われたんです。家でも何度もやりましたが、そのたびコップをのぞきこむ。この子はやっぱり何か問題があるんだ・・・と泣きたい気持ちで繰り返していました。それを「何度か見せれば自然に分かるから」と言われたのがとてもショックでした。
そして診断結果はおどろきの異常なし。
少し他よりものんびりさんなのは確かだけど、今すぐどうこういうレベルでは無い、と。
嘘でしょ。これだけできてなくて問題なしなら検診やる意味ないじゃん!と心の中は不満でいっぱいでした。
次は1歳半検診。と言われるのを必死に不安を訴えて、なんとか3カ月おきに発達を見てもらえることになりました。先生はかなりうっとおしがっていたようでしたが、このときは他にどこに診てもらえばいいのかわからなかったんです。
こうして1歳児検診はもやもやとしたまま終了しました。