しばらく続いております語学シリーズですが、今回はちょっと例外的な話をしようと思います。この語学シリーズの最初の方で、外国語をあまり不自由せずに喋れるようになるには一般的にどれぐらいの勉強量が必要かというテーマで記事を書きましたが、そういえばその内容にあまりピッタリと当てはまらないようなケースを見た事があるからです。この例外的な人たちはネイティブ言語は英語で、日本人相手に日本語だけで長時間の会話を続けられるようなレベルになるには相当な勉強量を要するはずなのですが、日本語をほとんど喋れない状態で日本に来てもかなり早い段階で日本語を上手に使いこなせるようになる、という人たちです。
その人たちは誰なのかというと、タイトルにも書いたように、宣教師です。僕自身は特に何の宗教も信じておりませんが、僕はとある事情から末日聖徒イエスキリスト教会の方々、いわゆるモルモン教徒とそこそこの関わりがあります。なので、この記事で僕が言う宣教師とはモルモン教の宣教師の事を言っています。
そもそもどういう経緯でモルモン教の教会に行く事になったのかというと、僕は学生時代からトレーニングジムに通っていてウエイトトレーニングをしていたのですが、そこで知り合った人がたまたまモルモン教の教会の会員だったのですね。当時僕は大学生だったので、何学部なのと聞かれ、英語科の学部ですと答えたら、教会でも無料の英会話をやっているから、もし興味があったら来ないかと誘われました。どんなもんなのかな~と思って行ってみたら、そこにモルモン教の外国人宣教師(大半はアメリカ出身で、それもモルモン教徒の多いエリアであるユタ州から来ている事が多い)がおり、それをきっかけに僕と宣教師の関わりがスタートしたというわけです。
ちなみにこの教会の無料英会話とこの教会自体についてですが、教会員でも何でもない部外者の僕から見ても、別に怪しいようなモンでもないです。英会話に関しては非教会員の人もけっこう来てますし。日本ではオウム真理教の地下鉄サリン事件の影響なのか、「宗教」と聞くといかにもテロリスト予備軍の危ないカルト集団みたいなイメージを持っている人が少なからずいるような印象がありますし、プロテスタントやカトリックなどのいわゆる「メジャーな」キリスト教徒の中には、「モルモン」とか「末日聖徒」と聞くととたんに興奮しだして「あんな奴らはキリスト教徒じゃない!あんな奴らと私たちを一緒にされては困る!」とかいう具合に取り乱す方々が一部いらっしゃいます。
彼らの主張によると、モルモン教徒は「『三位一体』の考え方を肯定していない(つまり神とイエスキリストと精霊が同一人物ではなく、それぞれ3つの独立した存在であるという解釈をしている)」という点と、「聖書の他にもう1つ、『モルモン書』という書物も聖典として使っている」という点の2つで大きく異なっており、これらがプロテスタントやカトリックなどのメジャーなキリスト教宗派の信者の彼らからしてみたらモルモン教徒をキリスト教徒として認めたくない理由なのだそうです。
まぁモルモン教徒が正式にキリスト教徒なのかそうではないのかという議論はここでは置いておきまして、繰り返しにはなりますが、何の宗教も信じていない僕の目から見たらメジャーなキリスト教徒もモルモン教徒も、聖典の解釈の仕方など宗教的な話を抜きにして考えれば、他のごくごく普通の人たちと何ら変わらない人たちですよという事は強調しておきたいです。(特定の)宗教を信じているというだけの理由で怪しいカルト扱いするというのは、イスラム教徒全員を一括りにテロリストまたはテロリスト予備軍扱いしているどこぞのアメリカ人不動産王と同類という事になってしまいますから、それは嫌ですよねぇ。
さて、この英会話、やはり宣教師がやっているだけあって、宣教師に気に入られると「今度どこかで個人的にお話する機会を設けられないか」とお話を持ち掛けられる事がたまにはあります。まぁ彼らはあくまで宣教師であり、彼らが一番やりたい事は英会話よりも自分たちの信じているモルモンの教えをより多くの人に広めるという事ですから、別に不自然な事ではないです。
実際こういう布教活動はモルモン以外のキリスト教徒もやってますしね。実際僕はアメリカ留学中にキャンパス内でキリスト教徒に「キリストの教えについて少し話をさせてもらえないか」と話しかけられた事がありましたし。ちなみにこの個人的なミーティングはあくまで任意であり、「すみませんが宗教には全く興味ないです」と断れば向こうもすぐに引き下がります。むしろ僕が以前所属していたオーストラリアのセールスチームの連中の方がよっぽどしつこく食らいついて粘るくらいなのですが、モルモンに関してはそのような傾向は弱いです。
僕の場合、当時は英語のネイティブの話し相手が欲しかったという邪道な理由で、宗教には興味ないくせに定期的に宣教師に会う約束をしました。僕からしてみれば英語の練習ができ、宣教師からしてみればモルモンの教えの良さをわかってもらうための説得をする時間を十分に確保することができたのですから、なんか変な感じでお互いの利害関係が一致しちゃったのですね。
宣教師の中にはあまり相手をモルモン教に改宗させようとガツガツしていない緩~い感じの人もけっこうたくさんいて、宗教の話そっちのけで仲良くなって一緒にトレーニングジムに行ってウエイトトレーニングをしたり食事にいったりした事もありました。
中にはひたすら相手をモルモン教に引き込む事しか考えていないような奴も一部いたので、そういう宣教師に関しては、僕も「こいつはただの英語の練習台」と割り切ってました。「タダでくれる」という事だったのでモルモン書もありがたくいただきましたが、いかんせん宗教そのものに興味がなく、未だにまともに読んでおりません。
んで、前置きがだいぶ長くなりましたが、こうして数々の宣教師たちと話をしていて思ったのは、やけに語学習得の早い宣教師をたくさん見かけるな~という事です。僕が通っていた教会は割と権限の強い「ゾーンリーダー」と呼ばれる教会であり、そこにいる宣教師は大体来日してから半年から1年ぐらいは経っている人たちでした(ちなみにモルモンの宣教師は18~26歳の間しかできない任期2年のボランティアなので、お金を得てやっている「職業」ではないです。むしろ宣教師をやっている間の生活費は自費で、そのためにモルモンの若者の多くは日々貯金に励んでいます)。
なので、僕の会った宣教師は経験のない新米ではなく、ある程度の経験を積んでゾーンリーダーとして選ばれて派遣された比較的優秀な宣教師たちという事になります。そして、彼らの多くに共通していたのは、来日前は日本語はほぼ何も知らない状態だったのに、日本に来てから大体半年ぐらいすると日本人相手の会話を日本語のみで特に問題なくこなせるようになっているという事です。漢字の読み書きもなかなかのもので、ちゃんと漢字を使ったメールも打てます。では何故こんな事が可能なのでしょうか。僕なりにちょっと推測してみました。
まず、彼らの多くには日本語を覚えるにあたって強力なモチベーションがあります。宣教師としての任期中、彼らの最も大きな目標は無料で英会話を教える事ではなく、モルモン教の教えの良さをより多くの人にわかってもらう事です。日本という異国の地に足を踏み入れ、尚且つほとんどの日本人に馴染みのないものを紹介しようとしているのですから、いくら英語で一生懸命説いてもほとんどの人には伝わらないでしょう。
この「日本語を覚えなければ自分たちのやりたい布教活動のスタートラインに立つ事すらできない。だからなんとしても日本語は喋れるようにならなければ!」という思いが、彼らの日本語学習のスピードを加速させているのかもしれません。
逆に、中には「俺は日本語なんか別に覚える気はないぞ。俺は日本語や日本の文化を勉強しに日本に来たんじゃない。イエスキリストの教えを伝えに来たのだ。英語のわかる人に英語で説けばいい。」という態度の宣教師も一部います。こういう宣教師たちはほぼ例外なく2年の任期満了後もロクに日本語を喋れないままです。
それから、彼らが凄いのは、たかだか20歳そこそこの青年の多くが、外交官のような非常に高いコミュニケーション能力を持っているという事です。この優秀な宣教師たちは自分の信じている教えが正しいと思っていますが、彼らの主張の仕方は「俺が正しくてお前が間違ってるんだ。だから俺の言う事を聞け」みたいな押しつけがましい感じにはなっていないのです。
あなたが何故私たちの信仰をすぐに信じられないのか、気持ちはとてもよくわかります。だからこそ、あなたが抵抗なく私たちの事をもっとよく理解していただけるようにお手伝いをさせていただきたいのです、みたいな感じで、常に相手の気持ちを考えながら話を進めようとする宣教師が多いです。
この「相手の気持ちを考える」、「相手の立場になって考える」というのは、実は語学習得においても非常に重要な要素の1つです。なぜなら、自分の言語と異なる言語を学習するというのは、その言語の背景にある、自分の文化と異なる文化も同時に学ぶ事でもあるからです。
この自分の文化と異なる考え方を受け入れる「異文化に対する寛容度」が高い人であればあるほど、その言語を吸収する率も高い傾向にあると思います。逆に、自分の文化と異なる文化を受け入れられないような人は、語学においても大して成功しない傾向が高いように思えます。宣教師の中にも、たまにこの外交官のような人間性を持ち合わせておらず横柄で押しつけがましい態度の輩が若干名おりましたが、その人たちの日本語はやはり貧弱でした。
うーむ、他にも彼らの語学習得スピードが速い理由はいろいろあっていいはずなのですが、今ここで他にパッと思い浮かぶものがこれといってありませんねぇ。というのも、彼らは宣教師としてのスケジュールは非常にタイトで、プライベートの時間はほぼないといっていいぐらいなので、他に彼らの語学習得の早さの秘密になりそうなものが考え付かないのです。
彼らはスケジュールの都合上、自主的に日本語の勉強ができる時間はせいぜい1日1時間ぐらい。宣教師としての仕事で日本語に触れる事もありましょうが、相撲部屋の外国人力士のように付きっ切りで日本語指導してもらって、文字通り24時間日本語漬けになっているわけでもないようです。
宣教師の任期中はスマホや自分のパソコンは使えず、インターネットの使用は制限されているので僕がこの語学コーナーで提唱したようなネットを駆使した勉強法も使えません。こんな勉強時間も勉強方法も限られている環境で、なぜ平均してたかだか半年程度で日本語の会話に困らないぐらいのレベルになるのかは、僕にとってはやっぱり謎のままです。
ある程度話すトピックが限られているとはいえ、優秀な宣教師だと来日半年~1年ぐらいの段階で、日曜日の聖餐会の会場内でのアナウンスや教会員の日本語でのスピーチを、日本に住む日本語のわからない外国人のために同時通訳で英語に直せるぐらいのレベルになってる人もいますからね~。
ちなみに日本にいる宣教師は外国人ばかりではなく、日本人の宣教師も大勢います。で、その日本人の宣教師の中にも、「宣教師になるまでは英語はまるでダメだったけど、英語圏の宣教師とペアになってからは日本にいながらにして1年ぐらいで英語に困らなくなった」という人も結構います。ちなみにこの日本人宣教師たちは別に海外留学の経験があったわけでもありません。彼らもやはり、日本にいる日本語を話せない外国人に対しては英語で教えを説かなければなりませんから、英語を覚えなければというモチベーションが強いのかもしれないですね。
う~む、それでも何でここまで多くの人が上手くいくのかはよくわからないです。でも、世の中にはこういうケースもあるんですよ~って事ですね。語学の勉強においてどれぐらい参考になるのかわかりませんが、とりあえず紹介だけはさせていただきました~。
《ポイントまとめ》
・モルモン教の外国人宣教師には、来日半年ほどで日本語を覚えてしまう人がたくさんいる。
・日本人宣教師も1年ほどで日本にいながらにして英語を覚えてしまう場合がある
・語学習得に成功した宣教師の場合、「この言語を覚えなければそもそも自分のやりたい布教活動ができない」という強力なモチベーションがある
・自分と異なるものの考え方を寛容に受け入れる宣教師ほど語学を高いレベルで身につける傾向が強い。
・逆にそれができていない宣教師はできている宣教師と比べて語学力も低い傾向にある
・宣教師は非常に多忙で、1日の語学の勉強に割ける時間は1時間程度
・インターネットの使用は制限されており、日本語の勉強方法は主に紙ベースの教科書と、モルモン書の日本語版と、誰かと日本語で喋る事
・それでも半年~1年で同時通訳ができるようになる人もいる