よく英語の勉強で、「英語のビデオは字幕なしで見なさい」とか「辞書は英英辞書以外は使わないようにしなさい」とか言われることがあると思います。英語に限らず、ドイツのドイツ語語学学校とかでも「全てドイツ語で説明が書かれた独独語辞書しか使うな」とか、「辞書に頼らず、わからない単語があってもまずは意味を推測してみなさい」とか言われるらしいです。どこの国でも同じですね^^;

 

ですが、あれも鵜呑みにするのはどうかと思います。なぜなら、こういったアドバイスが正しいのは、使っている教材のレベルが自分の今のレベルより少し高い程度の場合(つまり丁度いいレベルの教材を使っている場合)に限るものであり、教材のレベルが自分の今のレベルよりもだいぶ高い場合にはあまり当てはまらないからです。

 

まず、字幕なしで自分の今のレベルから見てだいぶ難しい内容のビデオを見る事についてですが、この「ビデオを見るという行為」単独で学習成果が上がる事はないそうです。TED Talkに出演したワシントン大学のパトリシア・クール(Patricia Kuhl)教授によると、語学の天才である赤ん坊でも、ただ外国語のビデオを見ているだけでは何の学習効果も得られないという事になっています。

 

彼女のTEDでのプレゼンで言及されたリサーチに次のようなものがありました。赤ん坊にその子が普段触れているネイティブ言語とは異なる言語、つまり外国語で話しかける人を同じ部屋に入れて、しばらくコミュニケーションを取らせてみたところ、その外国語の理解力の向上が確認されたそうです。ですが、同じ人物が同じ外国語で同じ内容の台詞を喋るビデオを見せたところ、赤ん坊は何の学習成果も見せなかったというのです。

 

この事からも、わからない言語のビデオを字幕なしでただ見ているだけでは学習効果が得られない事がわかります。たまに「字幕なしで見なさい。私はそのやり方でリスニング力が上がったんだから」という人を見かけますが、それは字幕なしで音声を聞いていたからリスニング力が上がったのではなく、実際に日頃から誰かとその勉強中の言語で喋ったりするなど、他の勉強法で力がついただけの話でしょう。でも本人はある日字幕なしでも聞き取れるようになったのに気づき、「あぁ、やはり字幕なしでテレビを見ていた効果が出たのだ!」と思ったりしているという。

 

こういう主張をする人たちは、「実際に人と会話をしている時はその人の台詞にいちいち字幕なんて出ない。だからテレビを見る時も字幕なんか見ていたら実際の会話での聞き取りの練習にならない」とか言ったりもします。

 

確かに実際の会話には字幕は出てきませんが、会話と字幕なしのテレビには決定的な違いがあります。それは今自分の目の前で喋っている人との実際のやりとりがあるかないかです。実際のやり取りであれば、もしわからなかった所があったとしても、もう一度ゆっくり喋ってもらったり、別の言葉で言い換えてもらったり、ジェスチャーを追加したりするなどして、必ずしも字幕によるリーディングの補助がなくても理解度が上がったりします。だからそれができない字幕なしのテレビではわからなかったらわからないままだという事になります。

 

これは逆に言えば、たとえ直接面と向かってのやりとりだったとしても、ゆっくり喋ったり言い換えをしたりジェスチャーを追加したりして聞き手が話の内容を理解する手助けをしてくれず、ひたすらマシンガントークで喋りまくる人が相手だったら、それは字幕なしのテレビを見ているのと大して変わらず、学習効果はあまり期待できないという事でもあります。

 

僕のFacebook上のFriendsには何人か海外で働いた経験のある人がいますが、たまに現地での英語でのやりとりの苦労をつぶやいたりする人がいます。その内容は、「こっちに来てからしばらく経つが、相変わらず訛りの強い人との英語での電話はキツイままだ。わからないまま聞いていてもリスニング力は伸びないんだな~」というようなものです。

 

ここで注意したいのは、「わからないまま」聞いていたら、それを何度繰り返した所で学習効果はないという事です。あくまで理解した上で聞いていなければ意味がないのです。よく「たくさん聞いて、リスニングのインプット(input)量を増やせばリスニングは伸びる」みたいなのを見かけますが、あれは実は不正確で、実際に増やさなければいけないのはインプット(input)ではなくインテイク(intake)の量です。

 

InputとIntakeの違いは、この段落の最初にも出てきた通りで、入ってきた情報を理解しているかいないかです。Inputは目や耳から頭に情報が入ってくればそれでInputと呼べるものであり、必ずしもその内容を理解しているという前提には立っていません。一方で、Intakeというのは、Inputの中でも理解できている部分をそう呼ぶのです。

 

リスニングやリーディングの力を伸ばすにはIntakeの量を増やすのが不可欠であり、Inputの量が増えていてもIntakeの量が増えていなければ、いくら勉強量を増やしても効果は薄いです。それを実感していただくために、この文章を読んでいる読者のほとんどの人にとって「InputではあるがIntakeではないであろう」情報を用意しようと思います。

 

Sinä et voi oppia kieltä ainoastaan lukemalla, sinun täytyy oppia myös oikeasti puhumalla, kuuntelemalla ja käyttämällä kieltä

 

さあ、どうでしょう。上の文を読んで、あるいは誰かに声に出して読んでもらったのを聞いたとして、内容を理解できますか?これをただ単に何度も読み直したり、聞きなおしたりするだけで、理解力がどれだけ上がると思いますか?「わからない単語があっても辞書を引かずに、意味を推測してみなさい」とか言われて、上の文の意味を推測できますか?(ちなみにこれらの文はフィンランド語ですので、少しフィンランド語をかじった事のある人なら文脈から単語の意味を推測したりできるかもしれませんね。)

 

あなたの目には一応は文章が映っているはずなので、上の文はフィンランド語を一切やった事がなくても、情報は情報である事には違いなく、Inputです。でも内容を理解をできていなければIntakeではありません。このような「インプット」の量だけをいくら増やしても、それだけでは学習効果が出ないのは想像に難くないでしょう。

 

最初に「辞書は英英辞書以外は使うな」という人の事についても少し触れましたが、このInputとIntakeの話はここにもピッタリと当てはまります。知らない単語を英英辞書で調べて、出てきた英語での説明の中に知らない英単語が更に5個も10個も出てきたらどうするんでしょうか。意味がわからない単語が出てきたから調べたのに、その説明文の意味がわからないという。そしてその説明文の知らない単語を英英辞書で引いたら、その単語の英語での説明にも知らない単語が更にいくつも出てくるというエンドレスになるという。

 

最初にも述べましたが、英英辞書が英語学習において効果を発揮するのは、学習者のボキャブラリーのレベルが英英辞書での説明についていけるほどのレベルに達している必要があり、初心者から上級者まで誰でも関係なく同じように使えるものではありません。十分なボキャブラリーがない人が英英辞書を使っても、出てきた英文での単語の意味の説明はInputにはなってもIntakeにはなかなかならないからです。

 

そのような違いを無視して一概に「辞書は英英以外使うな」というのは、教材の使い分けができていない事を意味するのではないでしょうか。前々から言っている事の繰り返しになりますが、語学の勉強の際は、自分の今のレベルと使う教材のレベルの距離を把握し、またそれに応じた勉強法を取る必要があるのです。それをやらずして、やみくもにやっても成果は上がらないでしょう。

 

《ポイントまとめ》

・英英辞書のような、勉強中の言語のみで単語の説明をするもの、あるいはわからない単語があっても文脈から推測するという手法は、自分の今の語学レベルと現在勉強している内容のレベルが近くなければ、使っても効果は薄い。

・字幕なしの動画は、その動画の内容が学習者の今の語学レベルを大きく上回っている場合、いくら見ても効果はない。これは語学の天才である赤ん坊でも同じ。

・実際の人対人のコミュニケーションにおいては、相手の言っている事がわからなくても言い直してもらったりジェスチャーを付け加えたりすれば理解度が上がる事があるが、わからないまま聞いていたらリスニング力は伸びない。

・リーディングやリスニングで入ってくる情報にはInputとIntakeがある

・IntakeとはInputのうち、内容を理解できている情報の事である。

・学習効果はInputの量ではなく、Intakeの量と比例する。