よくメディアで、「日本人は他の国々と比べてこんなにも英語ができない。これからの時代英語はますます重要になってくるのに、このままでは日本だけが取り残されてしまう。だからもっと危機感を持つべきだ」みたいな事が言われたりするのを見かける気がします。僕は英語が使いこなせると使いこなせないよりも便利であるという事には異論はありませんが、僕がどうしても違和感を覚えるのは、日本人に英語を頑張って勉強するのを促すために、日本人が「アジア最低の英語力である事」をもっと頑張らなきゃいけない根拠にしようとしている事です。でも「アジア最低」ってホントなんですかね?なんか胡散臭い感じがします。もし「日本人の英語力がアジア最低である」というのがウソだったなら、メディアでは日本人に英語の勉強を促すために事実を捻じ曲げ、デッチアゲの理由を作り出しているという事になります。だとしたら、そういうやり方ってどうなんですかね~と思うわけです。
「日本人の英語力がアジア最低」であるという根拠としていくつかの理由が挙げられておりますが、よくよく見てみると「だからといってそれで本当に日本がアジア最低って結論になるのか?」と疑いたくなるようなものだったりします。例えば、既に多くの人が散々指摘している事ですが、TOEFLやTOEICの点数などを引き合いに出して「ほれ見ろ、平均点で見ると日本人のスコアが一番低い。だから日本の英語力は最低なのだ」とか言われたりします。確かにこの点数だけを見れば日本が最低レベルって事にはなるでしょうね。でも、ここにはいわゆる「数字のマジック」というものが隠されています。
ここで比べられているのは、英語のテストを受験した人たちの英語のスコアですが、そのスコアがそのまま各国の平均的な英語力を反映するのかというと、必ずしもそうではありません。なぜなら、テストを受験した人たちの属性が偏っている可能性があるからです。例えば、中国やその他のアジアの国でTOEFLの点数が日本より良い事になっていますが、ここで考えられるのは、こういった国々の受験者は裕福で全般的に勉強のできる、いわゆる「エリート層」ばかりであり、それ以外の普通の人たちはそもそも受験しておらず、それがこれらの国々の英語のテストの平均点を押し上げているという可能性です。これらのアジアの国々は日本よりもよっぽど貧富の格差が酷い傾向にありますからね。英語のテストは誰でも受けるものというものでもないのでしょう。こうなると、この英語のテストで比べられているのは、「一般の日本人の英語力」と「他のアジアの国のエリート層の英語力」という事になります。一般人とエリート層の実力を比べたら、そりゃエリート層の方が高い成績を記録するのはむしろ普通の事でしょう。
ここで1つ興味深いデータを紹介したいと思います。アジア各国のTOEFLの点数を比較すると、日本のスコアは低いという事はさきほど述べた通りで、中でもスピーキングの弱さが目立つという事も指摘されているようです。でもこれ、テストの種類が変わると結果ががガラリと変わってしまうんですね。ではなんのテストかというと、それはIELTSです。IELTSでは、日本の順位は真ん中ぐらいになっており、日本より上位に位置するアジアの国々は香港、インドネシア、フィリピンなど、過去に英語圏の国の植民地支配の影響で無理やり英語を喋らされた期間がそれなりに長く続いた国ばかりです。なのでそれらの国を除外して見てみれば、このテストの結果を基に判断すれば日本はアジアの国の中で比較的英語力が高いという事になります。TOEFLでは散々出来が悪いと言われたスピーキングも、IELTSでは植民地支配の影響を受けた国以外では日本が最も高い水準になっています。
TOEFLではあんなに低かった日本の順位がIELTSになったとたんになぜこんなに上がるのか?それは先ほど出てきた、平均点に関する「数字のマジック」で説明がつきます。日本ではIELTSはTOEICやTOEFLほど一般的に知られていません。日本人でIELTSを受験する人たちには海外移住や英語圏の大学院の留学を本気で考えている、いわゆる「ガチな日本人」が多い傾向にあり、「会社から受けろと言われたから」とか「なんとなく自分の英語力が知りたくて」とか、「とりあえず受けてみた」的な理由で受験するような、高得点狙いでない受験者はあまりたくさんいません。つまり、日本人のIELTS受験者には最初から高いスコアを狙える人たちが多く集まっており、この偏った属性がIELTSの日本人受験者の平均スコアを押し上げているのだと言えます。
この「偏った属性の人間の集団を見ているだけでは正確な全体像は見えてこない」というのは、少し違ったシチュエーションにしてやればより見えやすくなると思います。例えば、外国人が初めて日本に来て、相撲部屋を見学したとしましょう。そこにいる日本人たち(力士)は縦にも横にもとても大きい、ヘビー級の人間たちばかりです。それを見た外国人に、「オー、日本人というのを初めて生で見たが、みんないかにも体重の重そうな人ばっかり!日本人というのは、こんなにもヘビー級の体の人ばかりの民族だったのか!」とか言われたら、どう思いますか?そりゃとんだ勘違いですぜと突っ込みたくなるでしょう。だって、たまたまそこで見かけた日本人のほとんどが重量級だったからといって、平均的な日本人もみんなそうであるなんて事にはならないじゃないですか。
以上の事からも、ただ単にTOEFLやIELTSの各国の受験者の平均点を比べているだけでは、各国の平均的な英語力を正確に比較した事にはならず、「こういうデータもある事はありますよ」程度の情報にしかならんという事がわかると思います。どうしてもこういうテストで各国の平均的な英語力を知りたいのであれば、本来なら年齢、性別、経済状況、学歴などといったあらゆる属性を全部無視してランダムに選ばれた人たちにテストを受けさせ、それで出た結果で比べなければその国の「平均的レベル」を検証した事にはならんですし、そういう事をロクに考慮に入れずにTOEFLの結果だけを見て「ほれ見ろ、やはり日本の英語のレベルはアジア最低なのだ」とか言われてもな~んか説得力に欠けるのですね。
それでもやはり巷では、どうしても「日本人の英語は遅れている遅れている」という論調になりがちで、しかもどういう訳かやたらとお隣の韓国と英語力を比べたがっています。で、こういう人たちによると、どうやら日本よりも韓国の方が英語が進んでいるらしく、そう言える根拠は大きく分けて2つあるみたいです。1つ目は英語の勉強量、2つ目はTOEICの点数。それぞれもう少し細かく見ていきましょう。
まず1つ目のポイント、英語の勉強量について。一般論として日本よりも韓国の方が学校や塾での勉強量が多いのは、まぁほぼみなさん異論のない事だと思います。日本の詰め込み教育もけっこうなものですが、韓国の高校生はホント文字通り「起きてる時間は全部勉強」な感じらしいですからね。で、そういう背景もあってか、日本よりも韓国の方が学校で英語の授業に費やす時間が長いとか、覚える英単語の数が多いとかも言われたりします。でもですね~、確かに量は日本より多いかもしれんですけど、韓国人の友達何人かに聞いたところでは、結局韓国の学校での英語教育も、内容を見てみると日本のそれと大して変わらんらしいのですよ。「ではこの英語を韓国語に訳して~」とか、「このTo不定詞は形容詞的用法と副詞的用法のどちらに該当するか~」とか、そんなんばっかし。いわゆる文法訳読方式ってやつですね。このやり方でいくらたくさん勉強した所で、語学に必要なリーディング、リスニング、ライティング、スピーキング、文法、発音の6つの要素全てをバランスよく伸ばす事ができるかというと、それは非常に難しいでしょう。
それから確かに日本と比べたら覚える単語の数は韓国の方が多いかもしれませんし、そりゃまあ知っている単語の数が少ないよりは多い方が有利な事は有利ですよ。でも、だからといって、たくさん単語知ってりゃそれだけで上手に喋れるのかというと、そうとも限らないのです。以前僕はアメリカで留学していた時に、シェア先のハウスメイトにブラジル人が2人いた事があります。彼らは2人とも理系の勉強をしにアメリカに来ていた学生で、英語は既にペラペラでした。1人はロボット工学専攻でTOEFL iBTが108点(120点満点中)、もう1人はバイオテクノロジー専攻でTOEFL iBTは110点でした。で、このブラジル人たち、TOEFLの点数だけでなく、普段の英語の喋りとかを見ていても、総合的な英語力は明らかに僕より上でした。でも、彼ら意外と僕より単語を知らなかったりします。普段一緒にいる時も、「この単語ってどういう意味なの」とかよく聞かれ、その度に僕が説明していたものでした。つまり、単語をたくさん記憶しているという事と、覚えている単語を駆使して上手に文を組み立てたりする事は全く別物であり、「より多くの英単語を記憶している」=「より上手に英語が使いこなせる」というわけでは必ずしもないという事です。
ではこの辺で2つ目のポイント、TOEICの話に移りましょう。TOEICに関しては、韓国の方が日本より「進んでいる」と言えます。良い意味でも悪い意味でも。日本では一般的にTOEICで800点を超えていると「おお、すごい!」とか言われますが、韓国では800点ぐらいでは誰も驚きませんし、900点超えもそこら中にいます。企業の採用や昇進の時でも、韓国においてTOEIC900点というのは「優遇してもらえる条件」ではなく、「900点にも達していないような奴はそもそも応募資格すら与えてやらんぞ」という足キリとして使われているぐらいです。では、韓国の方が明らかに英語力が日本より優れているのかというと、そうでもないんですね。
こんな事を書いたらTOEICでメシを食っている人たちに怒られるかもしれませんが、TOEICで高得点を取ったからと言って英語力が高い事を証明したことにはなりません。逆に、TOEICで高得点を取っていないからといって英語力がないという事にもならないのです。実際、知人から間接的に聞いた話なのでその人の事は直接は知りませんが、TOEICでほぼ満点に近い980点を持っているのに、実際に英語を使った仕事となると自分の英語はほとんど通用しないという現実に直面し、ガビーンとなってしまったという人もいるらしいです。逆に、僕は初めて自分1人だけで海外に行ったのは大学3年の時にアメリカの友達の所に1週間ほどホームステイした時で、その頃の僕のTOEICのスコアは700にも届かない程度でした。それでも現地のホストマザーと2人だけでドライブ&買い物に出かけた時の会話にも困りませんでしたし、友達のお姉ちゃんに将棋のルールを一から教えて指すという事も問題なくできていました。相手の言った事が聞き取れないとか、僕の言った事が通じないとかいう事も特にありませんでした。(ちなみにこのアメリカ旅行で日本語が通じたのはこの友達1人で、それ以外は英語しか通じません)
TOEIC900点に達していない者は足キリにされるというのは、一見韓国の「英語のレベルの高さ」を示しているようにも見えますが、見方を変えれば、それはTOEICで点数は取れても実戦で使えない人物を積極的に採り、TOEICの点数は高くはないが英語でのコミュニケーションは上手にできる見込みのある人材を門前払いしているという本末転倒な状況にもなりうるのです。
実際、アメリカで韓国人のルームメイトやクラスメイトなどと話していた時も、彼らは韓国の英語教育の事を全然ダメだと批判してましたし、TOEICの点数で英語力を判断されるのにうんざりしている様子でした。僕のその韓国人のルームメイトに関して言えば、彼はTOEICとかのテストでは高得点は取れないが普段の英会話は特に問題なくこなせるというタイプの人だったので、よく僕と一緒に「あれ1つで英語力を判断されるなんてアホらしいよな~」などと愚痴っていたものでした。
なので、あまりにも「韓国にTOEICで負けているんだから、もっとTOEIC頑張って、追いつけ、追い越せ」みたいな方向性で頑張ると、「韓国に追いつく」のではなく「韓国の二の舞」になる事が懸念されます。
大体、TOEICは事実上日本と韓国ぐらいでしか通用しないといってもいいぐらいなもんだ、というのが僕の持っている印象です。さっき出てきた英語ペラペラのブラジル人たちと話していた時も、TOEICの話を出したら「ああ、ブラジルにも一応ある事はあるけど、別にそんなに重要視されてないね」とか言われましたし、英語教育に一切かかわりのない現地のアメリカ人に「僕、今度の土曜はTOEICのテストを受けるんだ」と言ったら、「え、TOEICって何?」と聞かれました。僕とスカイプでいつも話をしているスウェーデン人の友達にも同じく「何それ」と言われました。日本に住んでいる中国人と喋っていて英語の話題になった時も、「TOEICなんて日本に来てから初めて聞いたよ。中国では英語のテストと言ったら中国式英検かTOEFLだから」と言っていました。
(※もっとも、TOEIC900を持っていればそれまでの学歴などに関わらず採用のチャンスが広がる可能性がある事を考えると、TOEICは国内に限って言えば、ある意味誰に対しても「平等に」仕事のチャンスを与えてくれるテストであるという見方もできなくはないですが※)
また、自分の国の学校での英語教育に不満タラタラなのは、どうやら日本と韓国だけではなく、他のアジアの国々でもそうみたいです。以前本編でCourseraの最終課題として提出した記事(日本の英語教育の問題点とその改善方法をテーマにしたもの)を載せましたが、その時にコメントをくれた台湾人が「いやぁ、台湾でも似たような感じで、こちらもあまりよろしくないんだよねぇ」と言っていました。オーストラリアのワーホリでメルボルンに住んでいた時も、一緒に住んでいたベトナム人のハウスメイトが「英語はこっちに来てから語学学校で覚えた。だってベトナムの学校の英語教育受けてたって全然英語喋れるようにならなかったんだもん」と不満を口にしておりました。
結局の所、日本人だけが特別英語がド下手というわけではなく、アジア人は(英語圏の植民地支配の影響を受けたところを除いて)全般的に英語が得意でないという事なのでしょう。だから「他のアジアの国より劣ってる」だとか変な劣等感を持たずに、自分のペースで頑張ればいいのだと思います。現実を正確に反映してるかどうかも定かでないようなデータに振り回されるのもなんだかアホらしいではありませんか。
それにしても、「外国語が喋れない」という点で見れば、これも前に既に本編で書いた事ですけど、一番外国語ができないのは英語圏の人たちではないですかね?英語のできない日本人より、外国語が1つもできない英語圏の人間の方がよっぽど多いのではないですか?あの人たちのほとんどは英語しか喋ってないじゃないですか。アジア人が英語ができないのはかっこ悪いのに、英語圏の人が中国語ができないのはかっこ悪くないというのでしょうか?という突っ込みどころにはあまり多くの人は触れないのでしょうかね^^;
《ポイントまとめ》
・日本人の英語力が「アジア最低」であるというのは、明確な根拠に乏しい
・日本人の英語力が低いという根拠に使われているTOEFLの点数は各国の受験者の属性に偏りがあり信憑性に欠ける可能性がある
・日本人はTOEFLの平均点は他国と比べてあまりよくないのに、IELTSになると急に平均点が他国より良くなる。これも日本人の受験者の属性が偏っているのが原因であると考えられる
・「韓国の方が日本より英語が進んでいる」などと言われがちだが、実際には日本と大して変わらない
・TOEICの点数は、日本や韓国などの限られたエリア内でしか評価されない
・自分の国の学校の英語教育に不満タラタラなのは日本だけでなく他のアジアの国々もみ~んな同じ