ドイツ人はマジメで礼儀正しく勤勉であり、日本人とけっこう似ているという評判をみなさんもどこかで聞いた事はあるのではなかろうか。だが、そういった評判はあくまで一般的な傾向やイメージであり、それが必ずしも常に当てはまるというわけではない。この部屋にはドイツ人が男の子2人と女の子2人の計4人いるのだが、ここにいる男子2人はその典型的なドイツ人像にピッタリとは当てはまらないようである。
この2人のドイツ人男子の内の1人は僕より先にこの部屋におり、もう1人は僕が入居してから少し後に入ってきた。この後から入ってきた方のドイツ人の名前はトムといい、パッと見はジョニー・デップみたいな外見で、ルックス的にはなかなかの男前だ。だが、この男、実際にはなかなかの変わり者である。あまりにもフリーダムなのだ。ある日僕が朝食を終えて皿を洗っていた時の事。トムはどこからともなくフラッと現れて、前日の自身の行動を語り始めた。
トム:「いやぁ~、金がないと辛いねぇ。昨日駅の改札口で、マイキー(メルボルンで公共交通機関を利用する時に使うチャージ式のカード)の残高が足りなかった事に気づいたんだ。しょうがないから改札口をジャンプしちゃったよ」
僕:「ええ?!ダメじゃんそれ^^;」
トム:「本当に焦ってたんだよ。マイキーをタッチさせても残高が足りずに改札口で拒否られるから、有効なマイキーを持っている他の乗客のすぐ後ろにピッタリとついて行く事にしたんだ。でもあの改札口、よくできてるんだね!僕の前の乗客は通れたのに、そのすぐ後ろの僕が通ろうとする直前にピシャって閉まるんだよ。それでしょうがないから、ふと駅員さんの方に目をやると、こっちを見てない事に気づいたんだ。そのタイミングを逃さずに、さっと改札口を飛び越えたんだ。だってさぁ、罰金払うのは嫌だったんだよぉ~(・ω・)」
罰金払うのが嫌なのはみんなそうでしょうが^^;最初から十分にお金チャージしとけっつーの。
このジョニー・デップのような見た目のトムは実に自由奔放であり、自分がやりたいと思った事はやりたい時にやりたいようにやる主義の人物のようである。それがどんなに傍目からすれば恥ずかしいものであろうとも。ある日、トムは自分自身を奮起させようとしていたようであった。自分を奮い立たせるために取る行動は人によって様々であろうが、この男の場合、声に出して自分自身に話しかけるのだ。
トム:「トム、いいか、よく聞け。お前は最高にカッコいい。トムよ、自信を持て。お前が発する言葉の全てに、女の子たちは熱心に耳を傾けるだろう。トム、信じるのだ。自分自身に秘められたポテンシャルを。トム…」
この後も延々と自分自身に話しかけ続けるトム。それも鏡に向かって自分自身の顔が見える状態でやっているのではなく、何にもない状態でひたすら独り言のようにブツブツ言っているのだから、とても妙な光景に見えるわけで、当然ながらルームメイトたちに突っ込まれる。まず最初に突っ込みを入れたのは、トムと同じくドイツ出身の女の子、リンダだ。
リンダ:「プッ(^ω^)あんた、何やってんの?絶対変だよ、それ!」
トム:「いいじゃないか。僕はただ、自分に自信を持たせようとしているだけなんだ。トムよ、気にする事はない。己の信念の赴くがままに…」
僕:「だから何でわざわざ口に出すの(笑)頭の中でやればいいでしょーが^^;」
そんな事は意に介さず、相変わらず自由奔放なトムは、今はまだメルボルンに着いてそれほど経っておらず、仕事探し中である。来る日も来る日もパソコンに向かい、Gumtreeやその他求人サイトの様々な求人を見て回る。見た感じあまり上手くいっていなさそうなのが明らかだったが、トムは特にイライラした様子はなかった。この男、少々変ではあるが、別に気性が荒いわけではなく、むしろ穏やかな性格であるため、パッと見は精神的には常に余裕があるように見える。ただ、声に出して独り言を言うなど、自分を表現したい気持ちを時折抑えられないらしく、ある日ベランダに急に飛び出して「Does anyone have a job for me?(誰か俺に仕事をくれないか?)」と叫んでいた。これにはルームメイトたち全員爆笑。
さて、僕より先に部屋に入居していたもう1人のドイツ人男子についてだが、彼の名はヤンという。オーストラリアに来る前は、渡豪資金を貯めるためにしばらくの間1日14時間労働という、西洋人としてはかなりモーレツな働き方をして過ごしていたのだそうだ。ヤン曰く、オーストラリアには貯めた金を使いに来たのだからここで働く気は一切ないらしい。だがこの男、貯めた金を使いに来たという割には、部屋に引きこもってばかりで本当に何にもやっていないのだ。朝の5時か6時ぐらいまでずぅーっと起きてひたすらネットでゲームをしたり、動画を見たりして、そこからモゾモゾとベッドに入り、夕方の5時か6時ぐらいに起きてくるという完全に昼夜逆転な生活をしている。外出をして買い物をしたり現地の友達と遊んだりするわけでも、現地で働くわけでも、勉強するわけでも観光するわけでもない。やる事と言えば、部屋でひたすらパソコンに貼りついてニヤニヤしているだけだ。あの~、「貯めた金を使いに来た」って、それじゃ家賃と食費ぐらいにしか金使ってないじゃん?それだったらわざわざオーストラリアに来なくてもドイツでできるじゃん?デヴィーナも「あの子ホント何しにオーストラリアに来たわけ?」と首を傾げていた。
ドイツ人の女の子はリンダの他にもう1人いる。トムと同じぐらいの時期に入居してきたコニーという女の子だ。この子、非常に整った顔立ちをしており、なかなかの美人さんだ。身長も180cmかそれ以上もありそうな長身でスタイルもよく、モデルさんだと言われたらそのまま信じてしまいそうなルックスの持ち主である。黙って普通にしている時の彼女を見たら、何でもチャチャっと手際よくこなしてしまうスーパーウーマンのようにも見えるのだが、見た目のキリっとしたイメージとは裏腹に、あまり自分に対する自信がなく、「もうやだ~上手くいかなかったらどうしよう~。ホント心配で心配で…」とけっこうな心配性なようである。聞けば彼女はまだオーストラリアで本格的に働いた経験がなく、事実上これが初めての職探しになるため、不安でいっぱいなのだという。
あまりに心配そうな彼女を見かねて、僕は少しでも参考になればと、これまでの自分のオーストラリアでの経歴をざっと説明した。ラッキーのおかげで舞い込んできた中くらいのザンギエフ率いる僕にとっての最初のセールス会社の仕事の事、自力で(ハッタリをかまして)もぎとった2つ目のセールス会社の仕事について、喧嘩別れしたスネ夫ちゃまのジャパレス、多くの優しい人に囲まれて働いていたローカルカフェ、そしてレンマークでのファーム…。どんなストリートを狙って履歴書を配るとよさそうなのか、オンライン上の求人で狙い目になりそうなのは何か、万が一理不尽な仕打ちを受けた時の喧嘩の仕方など、僕の伝えられるだけの事をアドバイスしてみた。すると最初は「もう本当に心配で心配でしょうがないわ(´・ω・`)」と言っていたコニーも徐々に笑顔になってきて、その数日後には無事に仕事の内定を手に入れてハッピーな様子だった。最初は心配でもやってみれば意外とできちゃったりするというのはよくある話である。
そんなある日、僕が朝食を済ませて食器を洗っていると、ファビオが小声で話しかけてきた。
ファビオ:「最近、ヤンは早起きだ」
僕:「え、そう?ああ、そういえば…。あいつにしては珍しく朝の9時とか10時には起きてきてるね」
ファビオ:「きっと、あの新しいドイツ人の女の子が来たからだ。あの子はブロンドだ」
僕:「え、そう?でもリンダだって一応金髪じゃない?」
ファビオ:「コニーの方が、もっとブロンドだ」
僕:「ははは、そうですか^^;それにしてもよくヤンの変化に気が付いたね」
まぁ言ってみれば僕が鈍いだけなのかもしれないが…。そう言われてみれば確かに最近のヤンは活発になったように思える。起きる時間が早くなり、朝からコニーと楽しそうにドイツ語で会話をしている。そういえば、ベッドルームにコニーを連れ込んで一緒に映画を見ていた事もあった。つい先日までパソコンに貼りついているだけのネット廃人だった男がこんなにも変わるとは(未だに外出はしないけど)。いつの時代も、どこにいっても、美女の力は絶大ですなと、しみじみと感じさせられるのであった。
ある日の帰り道にたまたま見かけた、いかにもVIPな感じのやつ。こんなゴージャスな車の中で流れていた曲が「世の中お金じゃないの~♪お金なんか気にしないの~♪」という内容の歌詞の”Price Tag”だったのがなんとも皮肉だった(^ω^)