4月の中旬。ルームメイトの台湾人サムが出て行ってしまった。出たと言っても別のベッドルームに移動しただけで、このホステルから出て行ったわけではないのだが。同じ部屋に住んでいるオランダ人、ミスター悪臭の匂いに耐えかねて、別の男子部屋でまだ空きがある所に移動したのだという。まぁサムの気持ちもわからなくはない。たしかにコイツは臭いのだ。サム曰く、僕がこの部屋に移動してくる前と比べると一応少しだけはマシにはなったそうではあるのだが。以前はサムが仕事を終えて部屋に戻ると、部屋に腐った魚のような匂いが漂っていた事もあったらしいし、ミスター悪臭の普段のマナーももっと悪かったらしい。だが、いくら少しだけマシになったとはいえ、サムはもう我慢の限界だったらしく、遂に部屋を出て行ってしまった。ちなみにミスター悪臭の汚さは同じ部屋のメンバーだけでなく、ホステル内の他のメンバーにも知られていたようである。ある日、キッチンのシンクの辺りに「○○(←ミスター悪臭の本名)、使った食器はちゃんと洗え!」と名指しで注意する紙が貼られた事もあったぐらいだ(筆跡からしてマットではなくホステル滞在のバックパッカーの誰かが書いたとみられる)。
ちょうどそれぐらいの時期に、サムも含めた他のアジア系のバックパッカーたち何人かから、僕も部屋を移動した方がいいのではないかと奨められていた。実際僕もはっきりいってこのミスター悪臭とは一緒にいて気分のよいものではなかった。この時相談に乗ってくれたのは香港出身のレイだ。彼は僕が今までオーストラリアで出会ったバックパッカーの中でも指折りの人格者で、彼と仲違いする者などいないのではないだろうかと思うほど人望の厚い人だった。実はレイも以前ミスター悪臭と同じ部屋に滞在していた事があるのだが、この非常に穏やかで寛容な性格の持ち主のレイですら、このミスター悪臭の事は内心快く思っていなかったそうだ。彼曰く、やはりあいつは十代前半のガキみたいだという(全世界のまともな十代の子たち、ゴメンナサイ)(ちなみにミスター悪臭は大卒のため少なくとも22歳にはなっているはず)。
実際、僕もミスター悪臭の自分勝手な態度は気になってはいた。コイツの言動を観察していると、自分の都合のいいようにルールを捻じ曲げているのがわかるのだ。例えば、コイツは部屋から出ていく時、まだ僕が部屋にいるのにもかかわらず、ドアを思いっきり開けっ放しにしていく。偶然1回や2回閉め忘れたりするのではなく、毎回のようにそうなるのだ。あまりにも何回もコイツがドアを開けっ放しにしていくので、もしかしたらコイツはただ単にドアの開け閉めを気にしない人間なのかなという可能性も考えられた。そこで、僕はちょっとした実験をしてみる事にした。コイツがまだ部屋に1人残っている時に、わざとドアを開けっ放しにして部屋を出てみる事にした。もしコイツがただ単にドアの開け閉めを気にしない性格であるなら、そのまま気にせず開けっ放しのドアを放置するはずだ。しかし、僕がドアを開けっ放しにして数秒たつと、「ズドーン!!」という大きな音が聞こえてきた。なんだ?もしかしてミスター悪臭が怒ってドアを叩きつけたのか?確認のため、日を改めてもう一度僕が部屋を出て行く時にドアを開けっ放しにしてみた。すると、今度は「ガァァァ!S**t!」と声を荒げ、またしても激しくドアを叩きつけたのだ。
さらに確認のため、後日部屋を出ていく時にはちゃんとドアを閉めて出て行った。すると何事も起こらない。だがもう一度ドアを開けっ放しにすると、やはり「ドガーン!!」というドアを激しく叩きつける音が聞こえてくる。もうこれで間違いない。コイツは他人が部屋に残っている時には平気でドアを開けっ放しにするくせに、自分が部屋に残っている時に同じようにドアを開けっ放しにされるとキレるのだ。他人が部屋を出ていく時にドアをしっかり閉める事を望むのであれば、自分が部屋を出ていく時も部屋に残っている人の事を考えてドアをしっかり閉める必要がある。自分が部屋を出ていく時にドアをちゃんと閉めないのであれば、他人がドアを閉めない時も腹を立ててはいけない。ところがコイツはそのどちらにも当てはまらない。ルールに一貫性がない。「俺はドアを閉めなくてもいいがお前はしっかり閉めろ」という、自分にのみ都合のいいジャイアンのようなものの考え方である。
そして数日後、やはり同じような事が確認できた。コイツは自分が早く起きると、まだ僕がベッドで寝ていても平気で部屋の電気をピカーっ☆と点けるのだが、そこで僕はここでも実験してみる事にした。ミスター悪臭は自分がまだ朝寝ている時に僕に部屋の電気をピカーっ☆と点けられたらどういう反応をするのだろうかと。パチっとスイッチをONにすると、「やめろぉぉぉぉ!!!」とミスター悪臭が怒って叫んでいるではないか。あまりにも魂のこもった悲痛な叫びだったので、ついつい僕の良心が反応して、反射的にすぐに電気を消してしまったのだが、今思えば、そこでさらにもう1回電気をつけて更にドアもアケッパにしてそのまま部屋を出てやるぐらいの事をしてもよかったかもしれないな(^ω^)
とにかくこれで間違いない。このミスター悪臭は自分勝手だ。ところで以前メルボルンのセイントキルダエリアのアパートに住んでいた時も、僕は当初はコロンビア人のルームメイトのホセの行動にイラついた事もあったが、ホセの場合はミスター悪臭とは全く質が違う。ホセはシャワーの時間が長く、1つしかないバスルーム(トイレもそこにしかない)を使う際にルームメイトに今からシャワーを使ってもいいか事前に確認しなかった。そして音楽をかけながら長風呂をするので、ちょうど僕がトイレに行きたい時にそれをやられると非常にイライラしてしまっていた事があった。だが、ちょうどホセがトイレに行きたい時に僕が長風呂をするという逆の立場が何回か発生しても、ホセは全然怒らなかったのだ。むしろホセは「はぁ~よかった~。実はずーっとトイレ行きたかったんだけど、なんとか間に合ったぁ^^ハッハッハ!」と明るく笑い飛ばすのだった。ここで僕はホセに対してイライラするのを止めた。彼は他人をけっこう平気で待たせるが、自分が同じぐらい待たされてもそれに腹を立てる事はない。ホセは自分が他人にしている事と同じ事を他人から自分にされても怒らないのだ。それならホセも僕も対等な立場だし、これはこれで割り切って考えられる。
レイにミスター悪臭の自分勝手な行動パターンについて話すと、彼は僕も他の部屋に移動した方がいいのではないかと奨めてくれた。この時点でレイが把握している限り、1人分空きがある部屋が存在するはずなのだという。その部屋の住人は台湾人がメインでヨーロッパ系もいるが、それはマジメな性格のイギリスのサイモンだったため、ここに移動した方がよっぽど気分よく過ごせるのではないかという事だった。レイの気遣いはありがたかったし、実際に移動する事も頭にちらついていたので、そうしようかとも思ったが、部屋を移動する際はホステルのオーナーであるマットに事前に話をしておく必要があるので、まずはとりあえず後でマットに話すだけ話してみようかと思った。
だがその週の金曜日にある事件が起こった。仕事から帰ってきて部屋に戻ると、あまりにも部屋の床が汚かったので掃除をする事にした。床中にミスター悪臭の汚い服や、食べ終わったブドウの茎や、ベッドに寝っ転がりながらクッチャクッチャと気持ち悪い音をたてながら食べていた時の汚れた食器などが転がっている。それらもどけて床の掃除をしようと思ったのだが、そこで信じられないものがベッドの下辺りから出てきたのだ。包丁である。
あの~、何をどうしたら包丁がベッドの下からでてくるなんていう展開になるわけ?ていうかそもそもベッドルームに包丁持ってくるなよ。サムに続いて、もうさすがに僕も我慢の限界だった。まずはこの包丁とミスター悪臭の部屋の汚し具合を写真という形で証拠に残し、さらにそれをテキストメッセージに添付してマットの携帯にメッセージを送った。「今日部屋で、ルームメイトのオランダ人が残した包丁がベッドの下から出てきました。以前から彼の汚さにはイラついていたのですが、ベッドの下に包丁というのは明らかに越えてはいけない一線を越えていると思います。明日彼にこの事について話をしてもらってもいいでしょうか」と。
するとマットはすぐに「わかった。対処するよ」と返事をくれ、翌日にはタイミングを上手く見計らってミスター悪臭と1対1になり、説教をしてくれていた。マットから「こんな状態じゃこの部屋には次に新しく入ってくるバックパッカーを入れられない。すぐにきれいに片づけるんだ」と言われたミスター悪臭は、マット監督の下で渋々片づけに取り掛かる。そしてある程度片付いてそれなりにまともな部屋になると、マットは僕に「いいかい、今度また酷くなったら、すぐに僕に言ってくれ」と言ってくれた。
さすがマットは長年この仕事をしているだけあって、ネット上の口コミの通り、問題児の対処も手慣れたものだった。当初この土日にはもう部屋を出ようかとも思っていたが、マットに問題対処してもらったし、一応ミスター悪臭もマットの指示に従っているみたいだし、とりあえずは部屋移動はしなくてもよさそうかなと考え直した。
ところがせっかくのマットの指導の成果も長くは続かないのであった。数日もするとミスター悪臭は再び部屋を汚し始めた。再びそれを見つけたマットに「まだ汚いじゃないか!もう少し綺麗にするんだ」と言われても、今度は動こうともしないミスター悪臭。しまいには「何でだよぉ~?俺あと少ししたらここ出てくんだぜぇ?今掃除したって大して変わんないだろ?」と開き直る始末だ。
マット:「あんまりひどいと、オランダにいる君のママに電話するぞ!」
ミスター悪臭:「でもあんた、俺のママの電話番号知らないだろぉ?(^ω^)」
ド阿呆。「ママに電話するぞ」ってのはそういう意味じゃねぇっつーの。部屋汚すんじゃねぇっつーの。匂いなんとかしろっつーの。そのイカれた態度なんとかしろっつーの。あまりのロクデナシぶりにマットも呆れた様子。まったく。こんなカスな奴が同じ部屋にいたら、カスカスダンスを踊りたくなってしまうではないか(←カスの意味違うっつーの)。せめてもの救いは、こいつが五月に入ったらもうレンマークを出ていくのがわかっているという事だ。ミスター悪臭よ、さっさといなくなってくれぃ。
ミスター悪臭が食べたブドウの茎 on the floor
ここに映っている荷物は、全てミスター悪臭1人の所持品。あの~、僕の記憶が正しければ、この部屋はたしか4人部屋だったような気がするのですが(涙目)