3月の下旬。この頃になると、僕の働いている天国ファームでの状況が少し変わっていた。以前はここで働いているバックパッカーはイギリス人のタリという女の子と僕の2人だけだったのだが、最近は新たにヨーロッパ勢が何人か加わる事になった。ドイツのサイモンとデンマークのニコライ、それから最初のオレンジファームで僕と一緒にオレンジピッキングをしていた、イギリスのサイモンの3人だ。この3人が来る頃までに、僕とタリはこのファーム中のほぼ全ての木の吸枝(Suckers)を切り落とし終わっており、トリミング関連の仕事はほぼなくなっていたのだが、丁度このあたりのタイミングで別の仕事が出てきており、それに伴って新たに3人を追加で雇い、僕とタリの2人もそこに回して5人のバックパッカーのチームが出来上がったのだ。
僕たちバックパッカーを指揮する担当者も変わった。これからの僕らのリーダーはウェインではなく、マイケルという男性だ。この人もウェインに負けず劣らず非常に物腰柔らかな人だ。
マイケルから割り当てられたのは灌漑関連の仕事だ。もっと具体的にいうと、星の数ほど生えているオレンジの木たち全てに水分がいきわたるように、そこら中に張り巡らされているホースがあるのだが、それに関わる作業だ。ホースについている不要になったペグを外して集める作業や、新たに設置するホースのジョイント部分をシェッド(倉庫みたいな所)で1日何百本(時には千本以上)も作ったり、破損していて水が漏れている部分を新しいものに交換する作業だったり、様々な作業がある。
このファームはとんでもなくバカでかいので、ファーム内の移動は全て車なのだが、タリと2人でトリミングの仕事をしていた時と違って作業員は5人で、尚且つ作業のためのちょっと場所をとる道具もいろいろと必要になるため、このファームにある軽トラックを貸してもらい、それで走り回る事になる。僕は車の運転免許は一応持ってはいるが、オートマ限定の免許なので、マニュアル車である軽トラックは合法的に運転できない。そもそも僕は車の運転自体あまり好きでもないし、移動の際はいつもヨーロッパ勢の誰かにお任せだった。
この5人のメンバーになってから最初の数日はごくごく普通にやっていたのだが、慣れてくると人数も増えて調子に乗ってきたヨーロッパ勢はいろいろと遊ぶようになってきた。特に車で。そんなある日、仕事を終えてトラックをメインオフィスのある敷地内の駐車場まで運転している時に、事件は起こった。この日は5人でトラックを2台借りており、片方に3人、もう片方に2人乗っていたのだが、あろうことかどちらのトラックでもカーブを曲がる際に調子に乗ってドリフト走行をしだしたのだ。僕の乗っていたトラックの運転手はタリで、もう片方はイギリスのサイモン。先頭を走っていたのはタリで、それにサイモンのが続くのだが、サイモンのトラックはカーブを曲がり切れずにスピンしてしまい、そのまま道の脇の柔らかい土にタイヤを取られ、動けなくなってしまったのだ。慌ててトラックから出てきたニコライに車の後ろを押してもらいながら、イギリスのサイモンはアクセルを踏む。他のヨーロッパ勢に「キャハハハ!」と笑われながらも、なんとか前方に抜けて脱出。元の道路に戻る事ができた。
その翌日。いつものように出勤し、メインオフィスに向かう僕らバックパッカーズ。トラックに乗り込む前に、マイケルから全員別室に来るようにと呼び出しされた。どうやら前日にトラックのタイヤがはまって動けなくなっている現場を目撃されていたようだ。
マイケル:「昨日の仕事終わりの帰り道で、トラックが道から外れてタイヤがはまってしまったね?その時その車を運転をしていたのは誰だい?」
イギリスのサイモン:「僕です」
マイケル:「その時の様子を少し説明してくれるかな?」
イギリスのサイモン:「いや、あの、その。。。なんか、、、カーブの出口で、、急に、コントロールが、効かなくなって…。もう、その時は、どうにも、ならなくて…(´・ω・`)」(ショボーン)
↑いやいや、そもそも急にコントロールが効かなくなったのはお前がふざけてドリフト走行してたからだろ。
マイケル:「いいかい、これは大事な話だから、しっかり聴いてほしい。僕たちぐらいの年齢になるともう長年の経験があるから、どんな時なら大丈夫でどんな時に危ないのかが感覚的にわかる。だけど君たちはまだ若くて経験も少ないし、危険を回避するための能力が不十分だという事も考えられる。特に実際に君たちが車のコントロールを失ったあのカーブは路面の摩擦レベルが急に変わる所だから、滑ってしまいやすいんだ。もう少し大人になって運転がもっとわかってきたら大丈夫かもしれないけど、まだ若いうちは曲がり角では一回一回しっかり止まった方が確実で事故も起こりにくい。君たちはまだ20代で、今仲間たちと一緒に楽しい時間を過ごしている真っ最中だろうけど、事故っていうのはそういうものも一瞬で奪い去ってしまう悲しいものなんだ。君たちがここで働き始めた時に、緊急時の連絡先として母国の家族の電話番号を書いてくれたけど、君たちの親御さんにそんな電話をする事になったらあまりにも悲しい。だから車の運転は本当に慎重になってほしいんだ。」
マイケルの口調は終始穏やかで、顔を見てもそんなに怒っている表情には見えない。むしろ優しく諭しているようだ。これ、もしかしてコイツらが実はふざけてドリフト走行してたのを知らずに、単なる事故だったのだと認識して注意してるのではないか?そうだよな、もしこれが事故の原因がコイツらのおふざけが原因で起きたのがわかった上での注意の仕方なら、優しすぎというかあまりにも甘すぎるのではないか。
マイケル:「それじゃあそういうわけだから、君たちには『今後はもっと気を付けて車の運転をします』という誓約書にサインをしてもらいたい。あ、ちなみにショーンは車の(マニュアル)免許持っていないし運転もしてないから、君はサインしなくていいよ」
そういうとマイケルは誓約書を出し、ヨーロッパ勢はそれを読みそれぞれ自分の名前をサインした。う~む、ここで「あの~、実はこいつらふざけて『ヒーハー!』とか叫びながらドリフト走行してたんですよぉ(^ω^)」と暴露したらどうなってただろうか、と一瞬思ったりもしたが、若気の至りという事で今回だけはセカンドチャンスを与えてやってもいいのかもしれないな。これでまた同じ事やったら間違いなくチクッてやりまっせ~。
それにしても、こういうヤンチャな事を複数人数でやる時って、必ずといっていいほど実際にバレて捕まるのは普段マジメだけどたまたまその時だけノリで参加してしまった子であるというのは、僕の単なる気のせいなのだろうか。実は今回実際に車をスピンさせてしまったイギリスのサイモンは、普段はマジメで几帳面な性格の男の子なのだ。それがタマタマ周りの友達の雰囲気にのせられてちょっと調子に乗ってしまったという。日頃の行いとかで見てみれば、ドリフトやってたけど事故を起こさず捕まらなかったタリの方がキャラ的には悪ガキっぽい。この子はヤンチャな行動に走ったりする事がよくあるのだが、普段からそういう事をやって慣れているが故に、越えてしまうと自分の身が本当にヤバくなるラインが皮膚感覚でなんとなくわかっているのだろうか。悪ガキタイプが捕まらず、普段は優等生なタイプが捕まるというのも世の常なのだろうか。だとしたら本当に皮肉なものだ。
この日の仕事が終わってオフィスに戻ると、ドイツのサイモンとニコライが「もうすぐ別のエリアに旅立つためにレンマークを出るから、あと2週間したらこの仕事を辞める」とマイケルに伝えた。するとマイケルは残るイギリスのサイモンとタリと僕の3人にもあとどれぐらいこの職場にいられそうかと聞いてきた。僕は状況の許す限りいつまででもと答え、向こうもそれに納得した様子だった。既にここで働き始めて2か月近く経っているのに、まだまだここでの僕の雇用は続きそうな雰囲気である。
そういえば最初にマットにこの仕事紹介された時、「たぶん3~4週間は続く仕事」だとか言われてたな。既に2か月なんですけど(笑)。前の仕事は3~4週間と言われて5日間しか続かず、今回は大幅に予測より長いときたか。仕事紹介してもらっといてこんな事言うのもちょっと気が引けるけど、全然当たらんですな、マットの予想(^^;)