レンマークに着いてまだ数日ほどしか経っていない火曜日。僕は既にアデレードへ戻る準備を着々と進めていた。金曜日のアデレード行のバスは予約したし、レンマークに来る前にアデレードに3泊していた時に滞在していたホステルを2泊ぐらい宿泊予約しておいた。そして、マットに金曜日にレンマークを出る旨を伝えた。

 

この時点でも大学のオンラインコースは進行中だったし、やはり安心して仕事と勉強を並行して行える環境が欲しい。マットも僕の事情を理解してくれた。そしてやっぱりまだ仕事はしばらくなさそうだとの事だった。

 

ところが、その翌日の水曜日になってマットがあるお知らせをしてくれた。

 

マット:「念のため君にも知らせておくけど、ついさっきオレンジファームから今度の月曜日からオレンジピッキングの仕事が始まるって連絡が入ったよどうするかは君に任せるけど、できれば今日中に返事をしてくれ」

 

僕の気持ちは揺れていた。ここに来て、月曜日まで待てば初めてのファーム関連の仕事に確実にありつけるという事がわかったのだ。

 

そして僕の気持ちが揺らいでいたのには他にも理由があった。アデレードで泊まった後に行く予定にしていたアデレードヒルズのホステルが、いつまで経っても僕の問い合わせの返事をしてこなかったのだ。そういえば、前日火曜日に日本人男性Sさんと同じベトナム人経営のファームで働いていたという日本人女性Mさんと話した時も、Mさんは実はアデレードヒルズに行くかこっちのレンマークに来るかで迷っていたが、アデレードヒルズのそのホステルはその対応からしてあまり信用できなかったと言っていた。「仕事に関する詳しい問い合わせはしてこないでくれ」という態度で、とりあえずバックパッカーたちに金を払って現地に来させてしまおうという感じだったらしい。ほぉ。では僕がアデレードヒルズ現地での生活に関してそれなりに突っ込んだ問い合わせをした時に完全シカトされたのも偶然ではなかったのだな。

 

それによくよく考えてみれば、今回取っている大学のオンラインコースも、今回が最初で最後のチャンスというわけでもない。ルンド大学のEuropean Business Lawのコースは難しくてコース開講期間も長く、課題もビデオレクチャーもたくさんあって、この環境下ではついていくのは無理そうだが、もう1つのカリフォルニア大学サンディエゴ校のLearning How to Learnのコースはレクチャーもそれほど難しくなかったし、課題もそこまで大変じゃなかったし、これだけならスマホを駆使すればなんとかなるんじゃなかろうかと考え直すようになっていた。

 

このタイミングでオレンジピッキングのお知らせがマットに入ったという事、そして既にレンマークを出ると言った僕にまでマットがそれをわざわざ知らせてくれたという事は何かの縁かもしれないそう思い、僕はマットに「やっぱりレンマークに残ってオレンジピッキングやりたいです」と言った。

 

僕がレンマークに残って働くという意思確認をしたマットは、僕に軽く事前レクチャーをしてくれた。どんな服装で行けばいいのか、当日月曜日何時にホステルの玄関に集合すればいいのか等々。具体的には、ファームでのピッキングの仕事の服装は長袖長ズボンそして帽子と厚手の手袋の着用が原則だ。これは日焼けをしないというだけでなく、オレンジのトゲやハエなどの鬱陶しい虫から肌を守るという意味合いの方が強い。僕は実際に間近で見るまでよく知らなかったのだが、オレンジの木は意外にもトゲだらけで、しかもそのトゲはけっこう硬くて鋭く、更にトゲの先端から酸が出ているため、刺さると普通の針などと比べて非常に鋭い痛みが走り、尚且つ酸の染み込み具合によってはその痛みはすぐには引かない。

 

さらに、マットは今回僕が働くことになったファームの労働環境についてもう少し詳しく聞かせてくれた。給料は時給ではなく完全出来高制で、オレンジ1箱いっぱいにして28ドルだ。職場のボスはみんなのほほんとしており、別にピッキングのペースが遅かったりしても怒られたりするような事はないらしい。ファームに何時に到着して何時に仕事を切り上げてもそれは個人の自由で、それぞれの判断に任せられるらしい。ただし、この時期は昼をすぎると暑くなってくるから朝早く仕事を始めて昼すぎぐらいには切り上げるというスタイルが一般的なのだそうだ。そしてマットはこんな事も付け加えた。

 

マット:「よく聞かれる質問が『どれぐらい稼げるんですか』ってやつだけど、それには答えられないとしか言えないね。1日で150ドル稼げる人もいれば、1日50ドルもいくかどうかの人もいるし、人それぞれだ。ただし、たぶん全員に共通して言えるのは、最初からはそんなに上手くいかないだろうって事だ。ピッキングにはハシゴの使い方とかオレンジのもぎ取り方とかいろいろコツがあって、最初の2~3日はそういうのに慣れてなくて手間取るだろうけど、慣れてくればペースも上がるしそれに伴って1日あたりの稼ぎも増えてくるはずだよ。大事なのは動きを止めずにオレンジをもぎ取り続ける事だ。何年か前に1人オレンジピッキングの天才がいて、そいつは1日で10とか取ってたよ。そりゃあ農家の人たちは大喜びだったね。まぁ、なんでも最初は経験だ。とりあえずやってみればいいよ。別に気に入らなかったら2日や3日とかで辞めてもかまわないんだ。そんなに深く考えるような事じゃないよ」

 

そうだよな。あとその時期にオレンジがどれだけ木になっているかとかにもよるだろうし。とりあえずやってみるべ。来週から初ファームジョブの始まりだ~。