メルボルンに遊びに来てくれた同期のメンバーが日本に帰り、僕は本腰を入れてファーム探しの行き先を決めるためのリサーチに取り掛かった。まず、この時期に仕事があるエリアに行かなければ行っても働けないので、どのエリアでいつがシーズンなのかを一通り調べてみる事にした。そして出てきた表によると、どのエリアでも仕事の種類さえ選ばなければほぼ年中仕事がありそうな感じがしたので、どこでもよいのかな~と思ったりもしたが、一応もう少し調べてみる事にした。

 

以前ダーウィンとかケアンズとかみたいな北の方に行くと年中ファームの仕事があると聞いた事があったが、仕事待ちの人も多いらしく、行ってもすぐに仕事がもらえない事もよくあるようだ。そしてこのノーザンテリトリーではバナナファームが盛んらしいのだが、実際にそのバナナファームの内の1つで働いたことのある日本人のブログに行きつき、僕はバナナに関してはその時点ですっかりやる気をなくしてしまった。その人のいた所は日本人が多いらしく、それも何故か気性の荒い日本人ばかりだったらしいのだ。新入りの日本人に罵声を浴びせる事など日常茶飯事、ケツに蹴りが入る事もあるとかないとか。もちろん北のエリアにあるバナナファームが100箇所あったら100箇所ともそういう奴らばかりが集まった所というわけではないであろうが、何だかイメージが悪くなって行く気がしなくなってしまったのだ。わざわざオーストラリアにまで来て何故そんな連中と一緒に仕事をせねばならんのじゃ?と。あと遠いし。

 

闇雲に探してもラチがあかないなと思い、僕はまたAPLACのホームページを開いた。このホームページには今までオーストラリアのワーキングホリデーをした人の体験記が山のように記録されており、その体験記の中にはファームに行った人たちの情報もたくさん載っている。彼らの体験記は元々オーストラリアでの彼ら自身の経験を記したものなので、オーストラリアでのファーム探しや仕事探し全般に関するFAQの直接の答えが載っているわけではない。むしろこれらの体験記をまとめてWeb上に公開している管理人は、「どうすれば稼げる仕事にありつけるとかそういう事ではなく、これらの体験記を通して彼らの生の息づかいを感じてほしい」といった趣旨の事を書かれていた。実際、これらの体験記は別にオーストラリアのワーホリとは何の関係もない人でも純粋にお話として楽しめたりする。僕もこの体験記だけで自分の欲しい情報の全てが手に入る事までは期待していなかったが、お話を楽しみつつ、間接的にでも自分に役に立ちそうな情報の破片ぐらいは拾えるだけ拾っていこうというスタンスでいろんな人の体験談を読み込んでいった。

 

体験談の内容は実に様々だった。ロクでもないファームに失望させられた人や、高給ファームの仕事をもぎとった人、大金は稼げなかったが他の場所ではできないような貴重な体験・人との触れ合いができたという人などいろいろいた。お話を楽しみながらも、自分が今いるメルボルンからそう遠くなく、今現在の段階で仕事がありそうで、それなりにお金が稼げそうで、なおかつ職場の人たちの人柄がよさそうな所という条件に合致するような場所はないだろうかとアンテナを張りながら読んでいた。

 

まず読んでいて、ここはダメっぽいなと思った場所は2か所あった。それはバンダバーグとミルデュラだ。酷い目に遭った人の話を間接的に聞いた人の証言なども含めると、この2つの場所の悪評ぶりは特に酷いなという印象を受けた。そういえばまだオーストラリアに来て1週間も経つか経たないかというぐらいの時期に、メルボルンで初めて話した日本人からも「ミルデュラは絶対に行っちゃダメ」と言われていたのを思い出した。ワーホリでファームの仕事を探している人たちから決して安くない仲介料を取っておきながら、劣悪な環境のファームへと送り込むという、現地の悪徳ファームとグルになっている悪徳仲介業者が多数存在するエリアがあるのだが、どうやらミルデュラはそのエリアの1つらしいのだ。(そんなエリア内でも一応良いファームもないわけではないらしいが)。そしてこれはこの時点でではなく実際に僕が実際にファームに働きに出るためにメルボルンを離れてしばらくしてからわかった事なのだが、英語でもMy Mildura Nightmare(私のミルデュラでの悪夢)”というタイトルの、ミルデュラのファームで酷い目に遭わされたイギリス人のワーホリの子を取材した記事が紹介されているのが見つかった。手口としてはウェブ上の求人で「時給22ドル」等の好条件を出しておき、指定された場所ではそれまで連絡を取っていた若いお姉さんが対応に当たるはずだったのに、着いてみるとピックアップに来たのは悪いオジサンだったのだという。んで先にボンドとして数百ドルをとられ、そのオッサンには絶対服従を要求され、反抗的な態度を取ろうものなら宿泊先を追い出され、このデポジットの数百ドルは返ってこない。この宿泊先を出たい場合も実際に出る日の2週間前までに言わねばならず、それが守られない場合はやはりボンド没収。与えられる仕事は出来高制なのだが、丸一日頑張って働いてもせいぜい130ドル程度しか稼げず、1週間分の宿泊費を払うと何も残らないらしい。というかむしろ食費や雑費とかも入れると赤字なのではないか。

さらにこのAPLACの管理人が書いているエッセイでも、日本でいうNHKの「クローズアップ現代」のような、今話題になっている社会問題について考えるテレビ番組のコーナーが紹介されており、そこで出てきた悪徳ファームがある地域の中には、やはりミルデュラとバンダバーグが含まれていたのだ。(ちなみにこの番組ではミルデュラやバンダバーグだけでなく他の場所、例えばアデレードヒルズにある鶏肉を扱う工場のような所も劣悪な職場として取り上げられていた。)

 

逆にこの体験談の人たちの話の中で、けっこう頻繁に名前を目にして、なおかつ自分が今いるメルボルンからもそれほど遠くなくて、良さそうだなと思ったエリアも2つあった。それはタスマニアとレンマークだ。タスマニアで気になったのは、「チェリー伝説」「タスマニアンドリーム」といった言葉だ。タスマニアのチェリーピッキングでいいファームに当たり、なおかつそこでの働きぶりもいいと、異様なまでに稼げる事からこう呼ばれる事となったらしい。このAPLACの卒業生の中にもこのファームで働いた事のある人がおり、そこは週2,000ドルあるいはそれ以上(剛の者は1日で600ドルとかもいたとか)稼ぐ事もできる所だったそうだ。その辺でたまたま見かけたオジサンに話しかけて仲良くなったと思ったら、たまたまその人が高給ファームの人だったらしく、人柄を気に入られ「ウチのファームで働かないかい?」という事になったらしい。

 

わけあってできるだけお金をたくさん稼ぐ必要があった僕はタスマニアに興味が湧き、APLAC以外のサイトでもタスマニアでのファーム探しに関していろいろとブログを巡って情報収集をしてみた。するとわかった事が2つあった。まず1つは、タスマニアでチェリーピッキングのいい仕事にありつけるかどうかは、その業界において強力なネットワークを持つナイジェルという男に辿り着けるかどうかがカギになるらしいという事(もちろんこの男を介さなければ絶対にいい仕事が見つからないわけではない。実際APLACのその日本人はたまたま話しかけたオジサンが高給ファームの人だったわけだし)。ブログのコメント欄とかで「私にもナイジェルの連絡先を教えてくれませんか!?」といった類の必死な書き込みが多々見られ、「あぁ、みんな必死だなぁ(笑)」と思った。もう1つは、車がなければ仕事探しは厳しいという事。タスマニアの職探しでうまくいっている人は大抵車を持っているか、車を持っている友達に乗せてもらっているかで、車がないとなかなか仕事をするのは大変なようだ。この時点で僕は渡豪当時より貯金はできていたので、中古車を買ってそれでタスマニアでファーム探しをするという選択肢もないわけではないかなとも思ったが、いい仕事が見つかる確実な保証があるわけでもないし、車の売り買いに関しても不安があったので、こういったリスクは取らない事にした。

 

となると残る選択肢はレンマークだ。APLACの体験談の人たちの話を読んで僕が個人的に感じた事は、メチャクチャ稼げるわけでもなさそうだけど、労働条件的にもマトモで、現地の人たちも穏やかな人たちで過ごしやすそうだな、少なくともミルデュラやバンダバーグのような酷い目には遭わされないだろうな、という印象だった。レンマークにはファームの仕事を紹介してくれるワーキングホステルは数えるほどしかなく、僕がネットで検索した時にパッとヒットしたのは2件だけだった。1件はスコットランド人の残したレビューがついており、「家族でやってるホステルだからアットホームな感じで良かった!オーナーは長年この仕事してるし、態度の悪いバックパッカーがいてもそういう連中の扱いには慣れてて、しっかり注意してくれてたし、貯金もしっかりできた^^」といった内容のものだった。

 

念のため、まずはネット検索で出てきた2件のワーキングホステルに電話で問い合わせをしてみる事にした。1件目では何だかテキトーでやる気のない対応をされた。「えー、この時期に仕事?ないと思うよ~。また来る時になったら連絡ちょうだい」みたいな。あーこりゃレンマークだめかな~と感じながらも、一応はもう1件問い合わせしてみるだけしてみようと思い、電話をかけてみた。電話に出たのはマットという男。さっきの受付とは違い、とてもハキハキとした受け答えだった。そして、こちらが詳しい事情を話すよりも先にマットの方から「今、ファームの仕事を探してる?」「セカンドビザの取得も考えてる?」等といろいろ聞いてきてくれた。話していて誠実そうな感じがしたので、ここでお願いしますと言うと、「ありがとう、いい仕事が見つかるようにできるだけの事をしてみるよ!」と爽やかに返してくれた。実はこのワーキングホステルこそ、スコットランド人のレビューで「すごく良かった!」と評価されていた方のホステルだった。なるほど、信用してよさげだな。

 

マットに僕がレンマークに到着する予定の日を伝えてやりとりを終えると、早速僕はレンマークに行くためのグレイハウンドのバスを予約した。メルボルン→アデレード→レンマークのルート。アデレードにもちょっと寄ってみたかったので、アデレードのホステルも3泊分予約しておいた。オーストラリアに来て既に半年だが、未だメルボルンから移動していなかった僕。初めて「ラウンド」に出る事になり、気分はワクワクだ^^