キッチンハンドの仕事をゲットしたカフェで働き始めて早くも2か月ほどがたった。毎日ここで働いていて、相変わらずいい職場だなとは思ったのだが、僕はもうそろそろここでの仕事を辞める事を考え始めていた。なぜなら僕はこの時、そろそろファーム探しについて考える時期だなと思っていたからだ。
オーストラリアのワーキングホリデービザは原則1年間のみ有効なのだが、この滞在期間を2年にする方法がある。それが前の段落で出てきたファームだ。オーストラリア政府の指定した地域で指定された仕事を指定された期間やると、セカンドワーキングホリデーのビザを申請する権利がもらえるのだ(「申請する権利」が手に入るだけで、この時点で自動的にビザが延長されるわけではないので注意)。この「指定された地域」は基本的に田舎な所ばかりで、「指定された仕事」には一次産業の仕事が該当するので、必ずしも農業である必要はなく、漁業や林業だったり、鉱山で働くのも、この「指定された仕事」に含まれる。そしてその「指定された期間」は88日間だ(この労働期間を88日よりもっと長くしようという議論もチラホラ出ているらしいので、もしかしたら近い将来もっと長い期間一次産業に従事しなければならなくなるかもしれないが、少なくとも僕がオーストラリアにいた時は88日間でOKだった)。バックパッカーの間で「セカンドとるために3か月ファームに行かなきゃ」という話が出る背景にはこういった制度の存在が関係しているのだ。
僕はオーストラリアに入国したのが2014年の6月18日。12月の半ばぐらいでビザの残りが半年ぐらいになるので、大体そのぐらいの時期にこのカフェの仕事を辞めれば、ファーム探しをして実際に働くまでの時間が十分に取れるかなと考えていた。この時点で既に11月の後半に差し掛かった所。このカフェでは本当にみんなからよくしてもらってきたし、辞める時は円満に辞めたかったので、僕に対して「死ね」等の暴言を散々吐いてきたパワハラ上司のスネ夫ちゃまのジャパレスを喧嘩別れで飛び出した時とは違い、今回は普通に常識に倣って実際に辞める日の1か月ぐらい前に言おうと思っていた。
そんなある日、食事休憩のタイミングがペイヴァンと一緒になった。ペイヴァンはここのスタッフの中でも特に僕に親切にしてくれていた人だったので、近々辞めようと思っている事はまず最初に彼に言うつもりだった。実際にペイヴァンにその話をすると、彼は理解を示してくれた。ペイヴァンはオーストラリアに住んで既に7年になるが、彼も元々は最初はワーキングホリデービザで来ていて、滞在延長のためにファームで働いた経験があるのだという。
ペイヴァン:「ファームは本当に毎日大変だよ。朝4時台に起きなきゃいけないし、フルーツピッキングではトゲがたくさん刺さるし。絶対長袖長ズボンで手袋もした方がいい。毒ヘビとか毒グモとかもいる可能性があるからそれも気を付けてね。」
ペイヴァンはまだファーム経験が一切ない僕に自らの実体験からいろいろとアドバイスをしてくれたのだが、一つ気になる発言があった。それは「ビザの延長につながるとはいえ、タダ働きだから日に日にモチベーションが下がり気味になる」というものだった。
僕:「タダ働き?それってもしかしてウーフ(WWOOF)のことじゃない?」
ペイヴァン:「そうそう、それ!働いている間に滞在してる農家での滞在費と食費がタダになる代わりに、給料は出ないってヤツだよ」
僕:「確かにウーフだと稼ぐのは期待できないよね。でも俺、ウーフじゃなくて、給料が出る普通のファームを探すつもりなんだ。もちろん当たり外れがあるから、酷いやつだと超低賃金で奴隷みたいにこき使われるらしいけど、良いファーム見つければけっこう稼げるらしいよ。時給20ドル超えるのも普通にあるみたいだし、条件によっては時給が30ドルを超える事もあるんだって」
僕はファームの情報に関しては、いつもオーストラリアのワーホリに関して参考にしているAPLACのサイトのおかげで、ある程度事前に仕入れる事が出来ていた。このサイトには、ここのワーホリサポートサービスを受けた卒業生たちの体験談が山のようにあり、僕はそれを読み込んでいるうちに、実際にファームに行ってもいないのにも関わらず、ある程度ファーム事情を把握できるまでになっていたのだった。時給20ドル以上のファームや時給30ドルの仕事も、そのサイトの体験談で知ったものだった。
話を聞いてペイヴァンは唖然としていた。自分は給料をもらわずに働いていたのに、後になって実は時給20ドルやそれ以上の条件のファームの存在があったという話を聞いたのだから無理もない。ペイヴァンは仕事の時はいつも僕にいろいろ教えてくれるし、今回も最初はペイヴァンが自分の実際に働いた体験からアドバイスをしてくれていたのだが、この時ばかりは気が付くと僕がファーム事情を説明するという立場逆転状態になっており、なんだかちょっと変な感じだった^^;
このように、オーストラリアのワーホリの先輩が何かアドバイスをしてくれても、時にはそれを鵜呑みにしない方がいい場合もある。その先輩は決して悪意があって自分を騙そうとしているのではなく、むしろ親切で言ってくれているのだが、その先輩自身が十分なリサーチをしていなかったというケースもありうるからだ。もし事前にオーストラリアのビザの制度に関して自分で何のリサーチもしていなかったら、僕はペイヴァンの話を聞いて「オーストラリアでセカンドビザを取るためには無給で3か月働かなければいけないのだ」と思い込んでしまっていたかもしれない。
ちなみに、ウーフは無給で普通のファームは賃金が発生するというこの部分だけ聞くと、ウーフなんか行く意味ないじゃないかと思うかもしれないが、必ずしも一概にはそうとは言えない。少なくとも僕がネット上で話を読んだり人から話を聞いたりして知る限りでは、奴隷同然の条件で搾取されるような酷いファームに当たる確率はウーフよりも普通のファームの方が高い気がするし、僕はウーフは体験していないので直接は知らないが、ウーフの方がアットホームな雰囲気で農家の人との触れ合いがしやすいし、オーストラリアの農家の雰囲気を味わうにはこっちの方がいいという意見も聞いたことがある。あと、一応制度上ではウーフの方が一日当たりの労働時間が短いという事になっているらしい(もちろん中には制度上の労働時間制限を守っていないウーフ提供ファームもあるので一概には言えないが)。まあ結局の所、賃金の発生する普通のファームかウーフを選ぶかは人によるという事なのだろう。そもそもファームでなくとも林業や漁業や鉱山に行くという手もあるし、オーストラリアに2年いる事自体に固執しているわけではなく、英語圏の国に2年以上ワーキングホリデーで滞在したいというのが目的ならば、オーストラリア滞在を最初から1年としておいて、カナダやニュージーランドやイギリスなどの他の英語圏の国をワーホリではしごするという方法もあるのだ。
話を「このカフェの仕事そろそろ辞めようかな」の話に戻そう。11月の21日から23日にかけての週末で、ジョンやカフェのマネージャー、シェフのチーフであるサイモンに実はファームの仕事を探すためにメルボルンを離れる必要があるのであと1か月ぐらいで辞めるという事を伝えた。ボスたちは僕が辞める事を残念がっていたが、当初自分が考えていた通りの良好な関係を保ったままでの辞意表明をする事ができてホッとした。ジョンからは「1か月も前から知らせてくれるなんて気が利くね」と言われたし(オーストラリアでは2週間前ぐらいに言えば十分らしい)、サイモンには「そうか、それなら申し訳ないけどショーンのシフトは減らさなきゃいけなくなるな。新しく入ってくるキッチンハンドの子を教育するために時間を割かなきゃいけないからね」とは言われたが、それと同時に「でもファームの仕事を終えてまたメルボルンに戻ってくる時は是非連絡してね!ショーンの働きぶりは気に入ってるから、またここで働いてほしい」とも言われ、嬉しい気持ちになった。