10月15日の水曜日。この日は何だか朝起きたら体がだるかった。前回セールス会社で休みをもらった日は咳がよくでたのだったが、今回はめまいの方がメインで、頭が少しクラクラするのだ。だがこの時点では症状がものすごく酷かったというわけではなかったし、仕事は別に休まなくてもいいかなと思った。
この日の最初に仕事は休まない方がいいと判断したのは、もう一つ理由があった。日頃からペイヴァンが風邪を引いたり怪我をしたりしないように気を付けてとアドバイスをもらっていたからだ。
ペイヴァン:「怪我は絶対にしないようにね!君は正規雇用じゃなくてカジュアルエンプロイメントだから、怪我とか病気とかしても雇用主の保険でカバーしてもらえないんだ。それに一度職場を離れたら、すぐに他のキッチンハンドを雇われて君のポジションが奪われてしまうかもしれないし」
こういった背景もあり、僕は多少体調が悪くてもできるだけ仕事を休みたくなかった。だけど今具合が悪いことは悪いから、出勤の時間になるまでできるだけ体調を戻すようにしよう。少し早目に昼食をとり、昼寝をする事にした。だが今回は、いつもと状況が違っていた。いつもの僕は体調が悪い時は寝れば起きたときは少なくとも多少は症状が和らぐのだが、今回に限っては起きたら更に症状が悪くなっていたのだ。めまいが酷くなっていて、何もしていなくても気持ち悪い。もうすぐいつも僕が出勤のために家を出る時間になる。でも流石にこのコンディションでは無理そうだ。でもここで休んだらもしかしたら他のキッチンハンドを雇われてそのまま僕はお払い箱になってしまうのかもしれない。そう思うと体調が悪くてもそこですぐに勤め先のカフェに欠勤の電話を入れられずにいた。少し悩んだが、この調子ではもしこのまま出勤しても夜遅くまでのシフトには耐えられない。でもこのカフェはいい職場だから、これをきっかけにそのまま職場を離れないといけなくなるのは怖い。
あれこれ悩んだが、結局職場に欠勤の電話を入れた。ここオーストラリアではフットワークの軽さを武器にすべきだと自分自身に言い聞かせていたのを思い出したのだ。もし本当に今回の欠勤をきっかけに僕のキッチンハンドのポジションを誰か他の人に奪われても、またここと同じぐらいか、もしくはそれ以上の職場を見つければいいだけだ。何も恐れる事はない。
電話をしてマネージャーにこの日休ませて欲しいという旨を伝えると、「できればもう少し早く言ってほしかった」と軽く注意されはしたものの、話している雰囲気からまだ僕はこの職場で働かせてもらえそうな感じだった。
なんだがまただるくなってきたので、横になったのだが、気分が悪く、腹痛も出てきてなかなか寝付けない。しまいには嘔吐してしまい、朝昼に食べたもの飲んだものを全て吐き出してしまった。その日は一日中寝て過ごした。次の朝まで十数時間は寝ていたと思う。
そして翌日の木曜日。前日と比べると症状は改善されていたが、まだ元気に動き回れる程ではないと思った。ここで無理をして出勤してまた症状を悪化させているようでは、前日に休ませてもらった意味がない。金曜日の夜のシフトまでには十分回復できる自信があったので、大事をとってこの日も休ませてもらう事にした。そしてカフェに電話をすると、マネージャーはその日キッチンで指揮をとっていたシェフのジョンに代わった。
ジョン:「やぁショーン。どうしたんだい?」
この時ジョンは僕の体調の事について知らなかったので、僕はこれまでのおおまかな自分の症状の推移と、金曜日には出勤できると思うという事を伝えた。
ジョン:「大変だったね。こういう時は本来なら病院に行ってもらって、雇用主に提出してもらう診断書が必要なんだけど、お金もかかるだろうし今回はなしでいいよ。明日は大丈夫なんだね?」
僕:「はい、明日こそは大丈夫です!」
ジョン:「わかった!じゃあ、明日はいつもよりちょっと早目に出勤してくれ。」
そして翌日の金曜日、ジョンに言われた通りいつもより少し早目に出勤すると、ジョンはテーブルの方で休憩を取っていた。何か注意でもされるのかなと思っていたが、実際には「吐いたのかい?」だとか、もう少し詳しく症状を聞くための質問をいくつかされただけだった。
ジョンとの話が終わってキッチンに入ると、見知らぬ白人の青年が働いていた。彼はフランスからやってきたアントニオ。彼もワーキングホリデーでオーストラリアに来ており、僕が先日休んだ時から僕の代わりにキッチンハンドとして働いていてくれていたらしい。この日は金曜日の夜のシフトだったため忙しかったが、キッチンハンドが2人いたため複数の仕事を同時にこなすのはそれほど大変ではなかった。
しばらく働いていて忙しい時間帯が終わると、ジョンが「今やってるその作業がキリのいい所まで来たらショーンはもう上がっていいよ」と言ってきた。一瞬もしかして僕はもうキッチンハンドとして要らないのかなとも思ったが、ジョンはもう一つ付け加えた。「これからは午前のシフトに入ってくれないかな?」と。実は僕はこれまでの間、誰か他のキッチンハンドが体調不良等で急に来られなくなったりして、当日いきなり「突然だけど今日シフト入れる?」と聞かれた際は毎回即OKの返事をして現場に駆け付けるという事を何回かやっていた。おそらくこのように僕が急な連絡でもすぐに駆けつけてくれる従業員であるという認識が浸透し、知らない内にマネージャークラスの人たちの信頼を勝ち取っていたのだろう。そしてジョンから「今日はヘルプに入ってくれて本当にありがとう。メチャクチャ忙しかったからね。これでキッチンハンドが誰もいないままだったら、(ストレスで発狂して)誰かぶっ殺してる所だったぜ^^」と言われたり、マネージャーのダニエルからは「君はレジェンドだ」と言われたりもしていた。(ちなみにここの人たちは些細な事を褒める時でもけっこう簡単にレジェンドとか言ったりする^^;)この日「早く帰っていいよ」と言ってくれたのは、僕がもう従業員として要らないというのではなく、どうやら病み上がりの僕の体調を気遣ってくれての発言のようだ。
最初具合が悪くなって休んだ時はどうしたものかと思ったが、終わってみればここのカフェの人たちの優しさを再確認する機会になり、更には夜遅くまで起きているのが苦手な僕が朝のシフトに入れてもらえる丁度いいきっかけになってしまったのだった。