「お父さん」がウチのチームに入ってきた週の木曜日。僕の所属するセールスチーム全体は引き続き彼の指揮下にあったが、今日は最初の1~2時間はオリビアが僕と一緒にターフを回る事になった。オリビアは僕と同期で入社した3人の内の1人。ドリューは既に3日で辞めてしまっていたが、オリビアは3週目からマネージャーに昇格し、自ら実際に現場でセールスをしながらも他のメンバーも指導するという立場になっていた。
ターフの自分の担当エリアに到着し、オリビアと一緒にVanを降りると、彼女が急にモジモジし始めた。
オリビア:「うあああ、ヤバイ、トイレに行きたい!」
僕:「えー、もう?オフィスを出る時にトイレに行っとかなかったの?」
オリビア:「行ってない」
僕:「何で~??」
オリビア:「わかんない。何か今日に限っては行き忘れちゃったの。困った。この辺には手頃な茂みもないし。。。」
するとオリビアは最近彼女と同じタイミングでマネージャーに昇格した女の子に電話した。車で迎えに来てもらい、ガソリンスタンドとかの近くのトイレまで連れて行ってもらおうというのだ。しばらくするとその子が到着し、Vanに乗せてくれた。「こういう事するのは、これが最初で最後だからね」と釘を刺されるオリビア。トイレを済ませ、元のターフのスタート地点まで戻り、オリビアを迎えに来てくれたもう1人のマネージャーの運転するVanが見えなくなると、オリビアは僕にこう切り出した。「She is annoying(あの子ムカつく)」と。僕は最初何の事かよくわからなかったが、彼女はこう続けた。
オリビア:「実はあの子、嘘ついてんの」
僕:「何の?」
オリビア:「あの子、最初の週の何日目かで初セールスを上げて、その後も1日で2件とか、順調に成績を上げてるみたいでしょ。でもあれ、全部嘘なの」
するとオリビアは自分の仕事用iPadを取り出し、彼女の社員ページにログインした。その子が嘘をついている証拠を見せるのだという。ちなみになぜ他人のページに勝手にログインできるのかというと、この会社ではユーザー名とパスワードが非常に単純だからだ。ユーザー名はその人の本名フルネーム、パスワードは会社名に単純な数字4桁を追加しただけのものであるため、本名フルネームさえわかっていれば誰のページにでもログインできる事になる。
ログインしたその子のページを見せてもらうと、「売り上げトータル」の欄は確かに「0」になっている。僕のページでは売り上げは「1」、オリビアのページでは数件のセールス記録が残っているのにだ。
オリビア:「見たでしょ?あの子本当は1件も売り上げてないのに、今までボスに嘘の申告で評価されてたんだよ。」
僕:「マジかい?じゃああの子普段は何やってんの?提出してるワークシート(その日1日分のセールス活動を記録したもの)の内容も全部偽装なわけ?」
オリビア:「たぶんワークシートも全部テキトーに作って、ターフ内で1日中車をフラフラ乗り回してるだけでしょ。あんなのがマネージャーとして私と同じ給料もらってるなんてありえないわ。」
ちなみにマネージャーの基本給は平社員より200ドル上乗せされて週1,000ドル(その分勤務時間は長くなるが)。インチキで昇格して他の社員より高い基本給をもらっていたのなら、オリビアがこのように憤慨するのも無理はない。
それにしても、電子データで社員のセールス記録を管理されているのに虚偽の申告をするとは、何という思考の浅いインチキの仕方だろうか。普通すぐバレると思うぞ。それより、この新マネージャーよりも更に上の立場であるトニーや中くらいのザンギエフは気づかなかったのだろうか?これで彼女の不正に気づかないのなら、何のためのiPadでの電子データ管理なのか?ちなみに後日聞いた話では、彼女は入社1ヶ月ぐらいで有給休暇の取得を巡って彼女のボスと揉めた事をきっかけに自分から辞めてしまっているので、恐らくこの件は深く追求されないまま終わったのだろう。
そして翌日金曜日。今日も「お父さん」の下で頑張ろうと思っていたら、またもやチームリーダーが変わる事になったらしい。午前研修の時に、発展途上国支援のチャリティーセールスチームのメンバー達だけが別室に呼び出された。部屋に入ると、この日から新しくチームリーダーになる人がいて、その人とメンバー達はお互いに自己紹介をする事になった。彼の名前はマット。以前この会社のセールスチームに所属していて、一時期離れていたが最近戻ってきたのだという。
彼はこの訪問販売の発展途上国支援チャリティのセールスの業界では極めて難しいとされる4 by 4を達成した事のある人物として、他の社員達から一目置かれている存在だ。4 by 4とは、4時までに4件の契約を取るという事。このセールスチームはターフを実際に歩き回り始めるのは大体午後2時からなので、2時間以内に4件取った事になる。しかも彼は4 by 4を複数回、しかも2日連続で達成した事もあるそうだ。間違いなくトップレベルのセールスマンである。
社員達の自己紹介の番になり、僕の番が回ってきた。すると僕が自分の名前を言ったとたん、マットが割り込んできた。「ショーン?君ってもしかして、トニーの家での飲み会に来てた?」僕が「はい、そうです」と答えると、「あぁ、やっぱりか!君の事は覚えてるよ!何か見覚えのある顔だな~と思ってたんだ。君の自己紹介はもうこれで十分だよ^^」と、僕の順番の時だけ簡単に終わってしまった。ふむ、イベントには顔を出しておくもんだな~。
ターフに着いてセールスを開始してしばらくすると、マットから僕の現在地を知らせるように指示が来た。僕がこれまで記録したセールスは未だにトニーのおかげで取れたあの1件だけと芳しくない。そこでマットは僕がセールスパフォーマンスを向上させられるように手本を見せてくれるつもりらしいのだ。早速マットと一緒にターフを回る。もう辺りは暗くなってきて、一般家庭では夕食の時間帯だ。さて、4 by 4複数回達成の凄腕セールスマンのマットは、どんなお手本を見せてくれるのだろう。
コンコンコン。
住人:「Yes?」
マット:「ん~~、いい匂いだねぇぇ~。俺にも一口めぐんでくれねぇかなぁ?」
住人:「あ、あんた、い、い、いきなり見ず知らずの他人の家にやってきて、な、ななな何言ってるの???」
あまりに予想Guyな第一声に唖然とするマダム。そしてそれと同じぐらいビックリしてマットの隣でただ呆然として立っているだけの僕。今まで僕が教えてもらったセオリーとは全然違うではないか。こんなので住人にセールストークを聞いてもらえるのか?どうみてもマダムは100%警戒モードですぞ。
マダム:「あんた、もう帰ってちょうだい!」
マット:「えっ?俺まだ何も話してないよ?」
マダム:「聞く必要もないから!興味ないわ!」
マット:「何でだよ~?もしかしたらとっても素敵なサプライズのお話かもしれないぜ?」
そして数分もすると、マットはいつの間にか上手い具合に話をすり替え、「自分たちは発展途上国の支援のためのチャリティ組織です」という本題にしっかりと乗せ、マダムは真剣にマットの話に聞き入っているではないか。一体どうやったのだ?そして明らかにマットの雰囲気に飲み込まれながらも、必死に抵抗を試みるマダム。
「そういうチャリティを売り込んでいるのはわかったけど、一ついい事を教えてあげるわ。私は、あの、その、既に、他の、チャリティを、支援、してる、わけで。。。」
ああ、それは言っちゃだめなんだよ~と僕は心の中で思った。なぜなら、このような「既に他のチャリティを支援している」という言い分は、セールス業界の「予想されるよくある客の反論集」の中に含まれており、その反論に対する反撃フレーズが既にいくつも用意されているのだ。このケースでは、「へぇ、もう既に他のチャリティを支援してくれてるんだ!それは素晴らしい!それならあなたはチャリティの支援がどれだけ世の中のためになっているか、他の人よりよくわかってるって事だよね?ここでもう少しだけ世の中へのポジティブなインパクトを強めようじゃないか!」といった反撃がよく使われる。
僕は当然マットもここから鬼のように畳み掛けるのかと思っていたが、意外にもここではあっさりと引いた。この人を説得するのは無理と判断したというより、契約させる事ができそうなのに敢えて自ら引き下がったという感じだ。「このケースでは、ここらで引いた方がいいだろうね。あの人はもしかしたら過去にセールスに関して嫌な経験をした事があるのかもしれないし、いい印象のまま引けば、今後いつか同じ会社の他の誰かがもう一度同じあの家に売り込みに行った時に、その時はOKしてくれるようになるかもしれないしね。」と語るマット。4 by 4達成者だからといってひたすら押しまくるわけではないんだなぁ。
その後も、「お前、何の用だ?」とか、明らかに怒った口調の住人が何人か出てくるも、巧みに話題をすり替えてメインのセールストークに聞き入らせてしまうマット。あいにく僕の目の前で売り上げまで繋げる事はできなかったが、トークの展開の仕方が僕のものとは次元が違う。まさにプロフェッショナルだ。
マット:「残念ながら、君の前で契約までは見せられなかったけど、僕のお手本から何か学んでくれたら嬉しいね。今日はまだあと1時間ぐらいあるし、これからの時間帯の方がみんな住人たちも家に戻ってきてるし仕事はしやすいさ!では残りの時間また1人で頑張ってね!Good luck!」
確かにマットのトークは凄かったし、彼の僕に対する態度は実に紳士的でそれはもう素晴らしかった。ただ、彼が僕に見せてくれたお手本はというと…次元が違いすぎてあんまり参考にならない(^^;)
この日もショーンのスコアは0でしたとさ。
ターフの自分の担当エリアに到着し、オリビアと一緒にVanを降りると、彼女が急にモジモジし始めた。
オリビア:「うあああ、ヤバイ、トイレに行きたい!」
僕:「えー、もう?オフィスを出る時にトイレに行っとかなかったの?」
オリビア:「行ってない」
僕:「何で~??」
オリビア:「わかんない。何か今日に限っては行き忘れちゃったの。困った。この辺には手頃な茂みもないし。。。」
するとオリビアは最近彼女と同じタイミングでマネージャーに昇格した女の子に電話した。車で迎えに来てもらい、ガソリンスタンドとかの近くのトイレまで連れて行ってもらおうというのだ。しばらくするとその子が到着し、Vanに乗せてくれた。「こういう事するのは、これが最初で最後だからね」と釘を刺されるオリビア。トイレを済ませ、元のターフのスタート地点まで戻り、オリビアを迎えに来てくれたもう1人のマネージャーの運転するVanが見えなくなると、オリビアは僕にこう切り出した。「She is annoying(あの子ムカつく)」と。僕は最初何の事かよくわからなかったが、彼女はこう続けた。
オリビア:「実はあの子、嘘ついてんの」
僕:「何の?」
オリビア:「あの子、最初の週の何日目かで初セールスを上げて、その後も1日で2件とか、順調に成績を上げてるみたいでしょ。でもあれ、全部嘘なの」
するとオリビアは自分の仕事用iPadを取り出し、彼女の社員ページにログインした。その子が嘘をついている証拠を見せるのだという。ちなみになぜ他人のページに勝手にログインできるのかというと、この会社ではユーザー名とパスワードが非常に単純だからだ。ユーザー名はその人の本名フルネーム、パスワードは会社名に単純な数字4桁を追加しただけのものであるため、本名フルネームさえわかっていれば誰のページにでもログインできる事になる。
ログインしたその子のページを見せてもらうと、「売り上げトータル」の欄は確かに「0」になっている。僕のページでは売り上げは「1」、オリビアのページでは数件のセールス記録が残っているのにだ。
オリビア:「見たでしょ?あの子本当は1件も売り上げてないのに、今までボスに嘘の申告で評価されてたんだよ。」
僕:「マジかい?じゃああの子普段は何やってんの?提出してるワークシート(その日1日分のセールス活動を記録したもの)の内容も全部偽装なわけ?」
オリビア:「たぶんワークシートも全部テキトーに作って、ターフ内で1日中車をフラフラ乗り回してるだけでしょ。あんなのがマネージャーとして私と同じ給料もらってるなんてありえないわ。」
ちなみにマネージャーの基本給は平社員より200ドル上乗せされて週1,000ドル(その分勤務時間は長くなるが)。インチキで昇格して他の社員より高い基本給をもらっていたのなら、オリビアがこのように憤慨するのも無理はない。
それにしても、電子データで社員のセールス記録を管理されているのに虚偽の申告をするとは、何という思考の浅いインチキの仕方だろうか。普通すぐバレると思うぞ。それより、この新マネージャーよりも更に上の立場であるトニーや中くらいのザンギエフは気づかなかったのだろうか?これで彼女の不正に気づかないのなら、何のためのiPadでの電子データ管理なのか?ちなみに後日聞いた話では、彼女は入社1ヶ月ぐらいで有給休暇の取得を巡って彼女のボスと揉めた事をきっかけに自分から辞めてしまっているので、恐らくこの件は深く追求されないまま終わったのだろう。
そして翌日金曜日。今日も「お父さん」の下で頑張ろうと思っていたら、またもやチームリーダーが変わる事になったらしい。午前研修の時に、発展途上国支援のチャリティーセールスチームのメンバー達だけが別室に呼び出された。部屋に入ると、この日から新しくチームリーダーになる人がいて、その人とメンバー達はお互いに自己紹介をする事になった。彼の名前はマット。以前この会社のセールスチームに所属していて、一時期離れていたが最近戻ってきたのだという。
彼はこの訪問販売の発展途上国支援チャリティのセールスの業界では極めて難しいとされる4 by 4を達成した事のある人物として、他の社員達から一目置かれている存在だ。4 by 4とは、4時までに4件の契約を取るという事。このセールスチームはターフを実際に歩き回り始めるのは大体午後2時からなので、2時間以内に4件取った事になる。しかも彼は4 by 4を複数回、しかも2日連続で達成した事もあるそうだ。間違いなくトップレベルのセールスマンである。
社員達の自己紹介の番になり、僕の番が回ってきた。すると僕が自分の名前を言ったとたん、マットが割り込んできた。「ショーン?君ってもしかして、トニーの家での飲み会に来てた?」僕が「はい、そうです」と答えると、「あぁ、やっぱりか!君の事は覚えてるよ!何か見覚えのある顔だな~と思ってたんだ。君の自己紹介はもうこれで十分だよ^^」と、僕の順番の時だけ簡単に終わってしまった。ふむ、イベントには顔を出しておくもんだな~。
ターフに着いてセールスを開始してしばらくすると、マットから僕の現在地を知らせるように指示が来た。僕がこれまで記録したセールスは未だにトニーのおかげで取れたあの1件だけと芳しくない。そこでマットは僕がセールスパフォーマンスを向上させられるように手本を見せてくれるつもりらしいのだ。早速マットと一緒にターフを回る。もう辺りは暗くなってきて、一般家庭では夕食の時間帯だ。さて、4 by 4複数回達成の凄腕セールスマンのマットは、どんなお手本を見せてくれるのだろう。
コンコンコン。
住人:「Yes?」
マット:「ん~~、いい匂いだねぇぇ~。俺にも一口めぐんでくれねぇかなぁ?」
住人:「あ、あんた、い、い、いきなり見ず知らずの他人の家にやってきて、な、ななな何言ってるの???」
あまりに予想Guyな第一声に唖然とするマダム。そしてそれと同じぐらいビックリしてマットの隣でただ呆然として立っているだけの僕。今まで僕が教えてもらったセオリーとは全然違うではないか。こんなので住人にセールストークを聞いてもらえるのか?どうみてもマダムは100%警戒モードですぞ。
マダム:「あんた、もう帰ってちょうだい!」
マット:「えっ?俺まだ何も話してないよ?」
マダム:「聞く必要もないから!興味ないわ!」
マット:「何でだよ~?もしかしたらとっても素敵なサプライズのお話かもしれないぜ?」
そして数分もすると、マットはいつの間にか上手い具合に話をすり替え、「自分たちは発展途上国の支援のためのチャリティ組織です」という本題にしっかりと乗せ、マダムは真剣にマットの話に聞き入っているではないか。一体どうやったのだ?そして明らかにマットの雰囲気に飲み込まれながらも、必死に抵抗を試みるマダム。
「そういうチャリティを売り込んでいるのはわかったけど、一ついい事を教えてあげるわ。私は、あの、その、既に、他の、チャリティを、支援、してる、わけで。。。」
ああ、それは言っちゃだめなんだよ~と僕は心の中で思った。なぜなら、このような「既に他のチャリティを支援している」という言い分は、セールス業界の「予想されるよくある客の反論集」の中に含まれており、その反論に対する反撃フレーズが既にいくつも用意されているのだ。このケースでは、「へぇ、もう既に他のチャリティを支援してくれてるんだ!それは素晴らしい!それならあなたはチャリティの支援がどれだけ世の中のためになっているか、他の人よりよくわかってるって事だよね?ここでもう少しだけ世の中へのポジティブなインパクトを強めようじゃないか!」といった反撃がよく使われる。
僕は当然マットもここから鬼のように畳み掛けるのかと思っていたが、意外にもここではあっさりと引いた。この人を説得するのは無理と判断したというより、契約させる事ができそうなのに敢えて自ら引き下がったという感じだ。「このケースでは、ここらで引いた方がいいだろうね。あの人はもしかしたら過去にセールスに関して嫌な経験をした事があるのかもしれないし、いい印象のまま引けば、今後いつか同じ会社の他の誰かがもう一度同じあの家に売り込みに行った時に、その時はOKしてくれるようになるかもしれないしね。」と語るマット。4 by 4達成者だからといってひたすら押しまくるわけではないんだなぁ。
その後も、「お前、何の用だ?」とか、明らかに怒った口調の住人が何人か出てくるも、巧みに話題をすり替えてメインのセールストークに聞き入らせてしまうマット。あいにく僕の目の前で売り上げまで繋げる事はできなかったが、トークの展開の仕方が僕のものとは次元が違う。まさにプロフェッショナルだ。
マット:「残念ながら、君の前で契約までは見せられなかったけど、僕のお手本から何か学んでくれたら嬉しいね。今日はまだあと1時間ぐらいあるし、これからの時間帯の方がみんな住人たちも家に戻ってきてるし仕事はしやすいさ!では残りの時間また1人で頑張ってね!Good luck!」
確かにマットのトークは凄かったし、彼の僕に対する態度は実に紳士的でそれはもう素晴らしかった。ただ、彼が僕に見せてくれたお手本はというと…次元が違いすぎてあんまり参考にならない(^^;)
この日もショーンのスコアは0でしたとさ。