このセールス会社では新入りも上司も全員オフィスで毎日1時間から1時間半ぐらいの研修を受けてからセールス現場に繰り出していくことになっている。この日は11:45から研修が始まるので、オフィスにそれまでに来ることになっていた。11:20ぐらいに到着し、ユニフォームに着替えて研修室のすぐ外にあるソファーの所へ。時間前になるとなんだか部屋の中が騒がしくなってきた。そして誰かが勢いよくドアを開けると、部屋の中ではボスたちが線路のように2列に並んでおり、「イエーイ!ヒャッハーー!!」とふなっしーのような奇声をみんなで発し、従業員たちはそのボスたちのトンネルを勢いよく走り抜けながら研修室の奥へ入っていく(ハイタッチ付き)。
今日からは、僕が所属するチャイルドスポンサー探しのセールスチームだけでなく、他のチャリティセールスチームも合同で研修を受けてそれぞれのターフ(Turf = その日1日中歩き回ってセールスをするエリアの事)に向かう事になる。僕と同じ日に面接を受け、僕とは違うセールスチームを希望して採用された人たちとも再び顔を合わせる事になったのだが、やはりそこには「私は金が欲しいのよ!!」のあの女の子はいなかった。さすがにオーストラリアでもあれは落ちるわな^^;通ってたらそれはそれで面白いことになってたかもしれないが。
研修が始まると、早速金曜日に教えてもらったセールストークのベーシックピッチの練習から入った。新入りにはそれぞれ担当の先輩がついて指導することになる。僕についたのは本名はマイケルなのになぜかジッピー(時々ジップドッグ)というあだ名を持つ青年だ。なぜジッピーというあだ名になったのか聞いてみたが、みんな知らないという。ジッピーは基本的には優しく指導してくれるのだが、早速研修初日でこれはイカンなと思うことがあった。この会社、なぜか研修中に爆音で音楽をかけるのだ。この音楽の音量に負けないぐらい大きな声を出せという事なのかもしれないが、爆音の音楽と周りの人たちが一斉に大声で喋る事によって生じたノイズにかき消されて、誰が何を言ってるのか聞き取れない。
ジッピーがセールストークの手本を見せてくれた時も、聞こえてきたのはズンチャッズンチャッズンチャッズンチャッ♪という爆音とガヤガヤした喋り声であり、ジッピーから「はい、じゃあ君の番ね。やってみて」と言われてもできない。そもそも彼が何を言っていたのか聞き取れていないのだから、できるはずがない。でも周りを見回してみると、他の新人たちはみんな普通に練習しているではないか。これだけ爆音の雑音があっても、ネイティブの人たちはちゃんと指示やお手本の内容を正確に聞き取り、特に苦もなく研修についていっている。ネイティブとノンネイティブの大きな壁を痛感した瞬間だった。
研修が終わると車に乗り込み、ターフへ向かう。研修室入室時に続き、ここでもカルチャーショックがあった。僕の所属するセールスチームは先週の木曜金曜に研修を担当してくれたトニーが率いるのだが、トニーの運転がとんでもなく荒いのだ。走行中の車は絶えずバッコンバッコン揺れまくる。僕はあっという間に乗り物酔いになり、この時点で「この仕事、無理かもしれない」と思ったぐらいだ。しかも車をブイブイいわせている時の彼女のテンションは半端ではなかった。トニーは「さあ今日は新しい子達が4人も入ったよ!このメンバーでターフに向かうのが楽しみで楽しみでしょうがないわ!イヤッハー!!」と叫びながら2秒ほど手放し運転状態になり、フロントガラスの上のあたりを両手でバシバシ連打した(ここでも爆音の音楽再生中)。そしてターフに近づいて来ると、ようやくトニーは音楽の音量を下げたと思いきや、1人1人に名指しで話しかけた。
トニー:「オリバー、今日のあんたの契約の目標は何人なの??」
オリバー:「今日は俺の目標は2人だ!」
トニー:「どうやってその目標を達成するの??」
オリバー:「自信満々で喋ることだ!」
トニー:「そうよ!自信のないセールスマンから商品を買う人なんていない!たとえ本当は自信がなかったとしても自信たっぷりな姿勢を見せ付ければきっと売れるわ!ジッピー、あんたはどうなの?」
ジッピー:「俺も今日は最低2件だ!」
トニー:「どうやってそれを達成するの?!」
ジッピー:「断られても粘る!Persistence beats resistanceだ!」
トニー:「そうよ!Persistence beats resistance!1回売り込んだだけでそのまま何も反対せずに『ハイハイ』と契約までいってくれる人なんて滅多に現れない!断られてもできる限り食い下がりなさい!」
とこんな感じだ。僕を含めた新入り4人は初日は先輩のセールスを見学するだけという事だったので目標を言う必要はなかったが、それ以外の者は全員トニーに名指しで話しかけられ、その日の目標(契約何件取るつもりか)と、どのようにしてそれを達成するつもりかを宣言させられるのだ。これはこの会社ではトニー以外のセールスチームでもみな同様に毎日行われる。
ターフに到着して車から降りると、僕の担当のジッピーと共にセールス開始だ。早速1件目の家のドアをノックする。コンコンコン。
住人:「Yes?」
ジッピー:「Good day, mate, how are you doing?僕たちは発展途上国の子供を助けるチャリティ活動を行っているんだ。主にアジア、アフリカ、中南米が対象なんだけど、こういった地域の国々で今どんな事が起こっているか知ってるかい?例えば新生児の多くは、出生証明書が発行されないままで育つんだ。これがないと書類上はこの子供たちは存在しない人間ってことになる。そうなると公共の教育や医療サービス、パスポートの発行、年金の受給などなど僕たちが普段当たり前だと思っていることがどれ一つできやしない。それだけならまだしも、酷い場合はこういう子たちは悪い奴らに誘拐されて売り飛ばされたり、とても口に出していえないような汚い仕事をさせられたりするんだ。そんな事態が発生しても、書類上は存在しない子供たちだから追跡のしようがないし助けられない。これだけでも出生証明書がこういう子達に発行されるようになることがどれだけの救いになるかわかるよね?他にも僕たちのチャリティはそれぞれの地域のニーズに合わせた支援を長期的なスパンで行ってるんだ。それにかかる費用は1日たった1ドル60セント。たったこれだけでこういう子たちを救えるって素晴らしいと思わないかい?」
住人:「うーん素晴らしいとは思うし、すごく説得力のある話ではあるんだけど、私は関われないわ。やめとくわ。」
この後もジッピーは粘るがひたすらNoと言い続けるのでこの人を口説き落とすのは断念。どんどん次の家次の家へと向かう。
ところでジッピーと一緒にターフを回っていてふと気づいたのだが、こうも簡単に住人はドアを開けてしまうもんなんだな。知らない人からドアをノックされて、相手が誰なのかも確認しないまま開けちゃって大丈夫なのかね?意外なほどにインターホンついてる家が少ないし。
それからもう一つ気づいたのが、ステッカーの多さだ。オーストラリアで訪問販売の仕事をしていると嫌というほどたくさん目にするのが、“DO NOT KNOCK”というステッカーだ。消費者保護法の下、このステッカーが貼ってある家にはセールスの人は売り込んではいけないという事になっている。他にもNO SALES PEOPLE, NO HAWKERS, NO CANVASSERSなどのステッカーがあるが、どれもセールスお断りという意味で使われている。3日目以降は僕も最初から1人でターフを歩き回る事になったのだが、日によっては180軒ほど回った家のうち約80はDO NOT KNOCKだった事もあった。セールスの人間ってホント嫌われてるのね。
2時間ほどDO NOT KNOCKの家や留守の家、住人がいても断られるといういずれかのパターンが続いた後、久しぶりにまともに話を聞いてくれる人に出会った、この人も最初は「私もう既に他の慈善団体支援してるからこれ以上お金は出せないのよね。」と渋っていたが、ジッピーは「ところでそこのキャンドル素敵ですね。見た目も綺麗だしいい匂いがするし。」と手ごろなものに目をつけて褒めたりして話をすり替えた。「あら、そう?ありがとう」と喜ぶマダム。そこから世間話に発展して仲良く会話を続ける2人。そして気がつくとマダムはジッピーの仕事用のiPadのチャイルドスポンサー登録用のページにクレジットカードの番号も含む個人情報を入力しているではないか。そうこうしているうちに彼女はこの日のジッピーの最初のチャイルドスポンサーになってしまった。その家を後にして「見たかい?これぞPersistence beats resistance! 断られても粘れば向こうが折れるんだ!」と新人の目の前で契約を勝ち取り誇らしげなジッピー。
ちなみに「契約」といっても、話の便宜上「契約」と呼んでいるだけで、実際にはこのチャイルドスポンサーシップの「契約」には何の法的拘束力もない。たしかに一度チャイルドスポンサーに登録すると、登録した日から2週間後にクレジットカードでの48ドル(1日1ドル60セント×30日)の支払いが始まり、そこから自動的に毎月引き落とされるようになっているが、登録した翌日であろうが3ヶ月後であろうが5年後であろうが、この会社のオフィスに電話をすればそれで即登録解除できる仕組みになっている。売り込む時に「一度登録したら原則12ヶ月はチャイルドスポンサーでありつづけてもらいたい」と付け加えはするが、当然この台詞にも法的な効力は一切ないため、2ヶ月とか半年とかで止めてしまっても全く問題ない。
ただ、一度登録したチャイルドスポンサーが1年以内に登録解除するケースはあまりない。なぜかというと、登録3週間後に実際に貧困に苦しむコミュニティの子供の写真が「これがあなたが今回サポートすることになった○○ちゃんです。」といった具合に送られてくるからだ。さらには、その子からの直筆の感謝の手紙が送られてくる事もしばしばある。こうなると、心理的な理由からスポンサーとなった人間は途中でスポンサーシップを打ち切ろうとは思えなくなってくる。特に一旦写真の子供に愛着を持つと、「今自分が援助を止めると、この子が苦しむことになるんだな」という援助の打ち切りに対する罪悪感が生まれ、辞めることができなくなる。セールスというのは、基本的に客がそれほど乗り気でなくても売り込む必要があるが、その一方で法律的には客に強要はしてはいけない事になっている。そこで、こうした心理的なテクニックを使って客を繋ぎ止めるのだ。
そして時は過ぎ夜8時になった。チャリティセールスは夜8時を過ぎたらドアをノックしてはいけない事になっているが、では8時になったら即仕事が終わりかというと、そうではない。昼間の内にいくつかとっておいた「予約」の家に行かなければならないのだ。このセールスにおける「予約(Booking)」とは何か。例えば、ドアをノックして住人が出てきたはいいがそれがまだ二十歳以下の子供だった場合、その子を通じてスポンサー登録してはいけない事になっている。そこで「じゃあお父さんお母さんが家に戻ってきた頃にまた来るね。夜8時過ぎぐらいにまた会おう!」という感じで一時保留になるのだ。
他にも例えばインド系の移民の住人の場合、大人でも女性の住人が出てくると「夫の許可なしに私1人の判断では決められないわ。」と大抵言われるので、そこで粘ってその場で根負けさせて登録させられなかった場合、「じゃあ旦那さんが帰ってくる頃にまた来ます」と爪痕一つ残しておく(たとえ人情的には残したくなくても、である)。こうして8時以降も大抵はBookingの家何軒かに向かうため、全ての家を回り終わると大抵夜8時20~30分ぐらいになる。そしてターフ内に点在するセールスチームのメンバーを1人1人車で拾い、そこから車内でボスの「この日の総括」を聞く。それが終わるとようやくオフィス方面へ向かう事になるのだが、ターフとオフィスの距離は大抵車で1時間ぐらいであるため解散するのはいつも大体夜9時半は過ぎる事になる。
オフィス集合が大体11:30で解散が21:30以降だから1日10時間仕事で拘束か。これを平日5日間だから週50時間。思ったより仕事で時間取られるんだな~。
今日からは、僕が所属するチャイルドスポンサー探しのセールスチームだけでなく、他のチャリティセールスチームも合同で研修を受けてそれぞれのターフ(Turf = その日1日中歩き回ってセールスをするエリアの事)に向かう事になる。僕と同じ日に面接を受け、僕とは違うセールスチームを希望して採用された人たちとも再び顔を合わせる事になったのだが、やはりそこには「私は金が欲しいのよ!!」のあの女の子はいなかった。さすがにオーストラリアでもあれは落ちるわな^^;通ってたらそれはそれで面白いことになってたかもしれないが。
研修が始まると、早速金曜日に教えてもらったセールストークのベーシックピッチの練習から入った。新入りにはそれぞれ担当の先輩がついて指導することになる。僕についたのは本名はマイケルなのになぜかジッピー(時々ジップドッグ)というあだ名を持つ青年だ。なぜジッピーというあだ名になったのか聞いてみたが、みんな知らないという。ジッピーは基本的には優しく指導してくれるのだが、早速研修初日でこれはイカンなと思うことがあった。この会社、なぜか研修中に爆音で音楽をかけるのだ。この音楽の音量に負けないぐらい大きな声を出せという事なのかもしれないが、爆音の音楽と周りの人たちが一斉に大声で喋る事によって生じたノイズにかき消されて、誰が何を言ってるのか聞き取れない。
ジッピーがセールストークの手本を見せてくれた時も、聞こえてきたのはズンチャッズンチャッズンチャッズンチャッ♪という爆音とガヤガヤした喋り声であり、ジッピーから「はい、じゃあ君の番ね。やってみて」と言われてもできない。そもそも彼が何を言っていたのか聞き取れていないのだから、できるはずがない。でも周りを見回してみると、他の新人たちはみんな普通に練習しているではないか。これだけ爆音の雑音があっても、ネイティブの人たちはちゃんと指示やお手本の内容を正確に聞き取り、特に苦もなく研修についていっている。ネイティブとノンネイティブの大きな壁を痛感した瞬間だった。
研修が終わると車に乗り込み、ターフへ向かう。研修室入室時に続き、ここでもカルチャーショックがあった。僕の所属するセールスチームは先週の木曜金曜に研修を担当してくれたトニーが率いるのだが、トニーの運転がとんでもなく荒いのだ。走行中の車は絶えずバッコンバッコン揺れまくる。僕はあっという間に乗り物酔いになり、この時点で「この仕事、無理かもしれない」と思ったぐらいだ。しかも車をブイブイいわせている時の彼女のテンションは半端ではなかった。トニーは「さあ今日は新しい子達が4人も入ったよ!このメンバーでターフに向かうのが楽しみで楽しみでしょうがないわ!イヤッハー!!」と叫びながら2秒ほど手放し運転状態になり、フロントガラスの上のあたりを両手でバシバシ連打した(ここでも爆音の音楽再生中)。そしてターフに近づいて来ると、ようやくトニーは音楽の音量を下げたと思いきや、1人1人に名指しで話しかけた。
トニー:「オリバー、今日のあんたの契約の目標は何人なの??」
オリバー:「今日は俺の目標は2人だ!」
トニー:「どうやってその目標を達成するの??」
オリバー:「自信満々で喋ることだ!」
トニー:「そうよ!自信のないセールスマンから商品を買う人なんていない!たとえ本当は自信がなかったとしても自信たっぷりな姿勢を見せ付ければきっと売れるわ!ジッピー、あんたはどうなの?」
ジッピー:「俺も今日は最低2件だ!」
トニー:「どうやってそれを達成するの?!」
ジッピー:「断られても粘る!Persistence beats resistanceだ!」
トニー:「そうよ!Persistence beats resistance!1回売り込んだだけでそのまま何も反対せずに『ハイハイ』と契約までいってくれる人なんて滅多に現れない!断られてもできる限り食い下がりなさい!」
とこんな感じだ。僕を含めた新入り4人は初日は先輩のセールスを見学するだけという事だったので目標を言う必要はなかったが、それ以外の者は全員トニーに名指しで話しかけられ、その日の目標(契約何件取るつもりか)と、どのようにしてそれを達成するつもりかを宣言させられるのだ。これはこの会社ではトニー以外のセールスチームでもみな同様に毎日行われる。
ターフに到着して車から降りると、僕の担当のジッピーと共にセールス開始だ。早速1件目の家のドアをノックする。コンコンコン。
住人:「Yes?」
ジッピー:「Good day, mate, how are you doing?僕たちは発展途上国の子供を助けるチャリティ活動を行っているんだ。主にアジア、アフリカ、中南米が対象なんだけど、こういった地域の国々で今どんな事が起こっているか知ってるかい?例えば新生児の多くは、出生証明書が発行されないままで育つんだ。これがないと書類上はこの子供たちは存在しない人間ってことになる。そうなると公共の教育や医療サービス、パスポートの発行、年金の受給などなど僕たちが普段当たり前だと思っていることがどれ一つできやしない。それだけならまだしも、酷い場合はこういう子たちは悪い奴らに誘拐されて売り飛ばされたり、とても口に出していえないような汚い仕事をさせられたりするんだ。そんな事態が発生しても、書類上は存在しない子供たちだから追跡のしようがないし助けられない。これだけでも出生証明書がこういう子達に発行されるようになることがどれだけの救いになるかわかるよね?他にも僕たちのチャリティはそれぞれの地域のニーズに合わせた支援を長期的なスパンで行ってるんだ。それにかかる費用は1日たった1ドル60セント。たったこれだけでこういう子たちを救えるって素晴らしいと思わないかい?」
住人:「うーん素晴らしいとは思うし、すごく説得力のある話ではあるんだけど、私は関われないわ。やめとくわ。」
この後もジッピーは粘るがひたすらNoと言い続けるのでこの人を口説き落とすのは断念。どんどん次の家次の家へと向かう。
ところでジッピーと一緒にターフを回っていてふと気づいたのだが、こうも簡単に住人はドアを開けてしまうもんなんだな。知らない人からドアをノックされて、相手が誰なのかも確認しないまま開けちゃって大丈夫なのかね?意外なほどにインターホンついてる家が少ないし。
それからもう一つ気づいたのが、ステッカーの多さだ。オーストラリアで訪問販売の仕事をしていると嫌というほどたくさん目にするのが、“DO NOT KNOCK”というステッカーだ。消費者保護法の下、このステッカーが貼ってある家にはセールスの人は売り込んではいけないという事になっている。他にもNO SALES PEOPLE, NO HAWKERS, NO CANVASSERSなどのステッカーがあるが、どれもセールスお断りという意味で使われている。3日目以降は僕も最初から1人でターフを歩き回る事になったのだが、日によっては180軒ほど回った家のうち約80はDO NOT KNOCKだった事もあった。セールスの人間ってホント嫌われてるのね。
2時間ほどDO NOT KNOCKの家や留守の家、住人がいても断られるといういずれかのパターンが続いた後、久しぶりにまともに話を聞いてくれる人に出会った、この人も最初は「私もう既に他の慈善団体支援してるからこれ以上お金は出せないのよね。」と渋っていたが、ジッピーは「ところでそこのキャンドル素敵ですね。見た目も綺麗だしいい匂いがするし。」と手ごろなものに目をつけて褒めたりして話をすり替えた。「あら、そう?ありがとう」と喜ぶマダム。そこから世間話に発展して仲良く会話を続ける2人。そして気がつくとマダムはジッピーの仕事用のiPadのチャイルドスポンサー登録用のページにクレジットカードの番号も含む個人情報を入力しているではないか。そうこうしているうちに彼女はこの日のジッピーの最初のチャイルドスポンサーになってしまった。その家を後にして「見たかい?これぞPersistence beats resistance! 断られても粘れば向こうが折れるんだ!」と新人の目の前で契約を勝ち取り誇らしげなジッピー。
ちなみに「契約」といっても、話の便宜上「契約」と呼んでいるだけで、実際にはこのチャイルドスポンサーシップの「契約」には何の法的拘束力もない。たしかに一度チャイルドスポンサーに登録すると、登録した日から2週間後にクレジットカードでの48ドル(1日1ドル60セント×30日)の支払いが始まり、そこから自動的に毎月引き落とされるようになっているが、登録した翌日であろうが3ヶ月後であろうが5年後であろうが、この会社のオフィスに電話をすればそれで即登録解除できる仕組みになっている。売り込む時に「一度登録したら原則12ヶ月はチャイルドスポンサーでありつづけてもらいたい」と付け加えはするが、当然この台詞にも法的な効力は一切ないため、2ヶ月とか半年とかで止めてしまっても全く問題ない。
ただ、一度登録したチャイルドスポンサーが1年以内に登録解除するケースはあまりない。なぜかというと、登録3週間後に実際に貧困に苦しむコミュニティの子供の写真が「これがあなたが今回サポートすることになった○○ちゃんです。」といった具合に送られてくるからだ。さらには、その子からの直筆の感謝の手紙が送られてくる事もしばしばある。こうなると、心理的な理由からスポンサーとなった人間は途中でスポンサーシップを打ち切ろうとは思えなくなってくる。特に一旦写真の子供に愛着を持つと、「今自分が援助を止めると、この子が苦しむことになるんだな」という援助の打ち切りに対する罪悪感が生まれ、辞めることができなくなる。セールスというのは、基本的に客がそれほど乗り気でなくても売り込む必要があるが、その一方で法律的には客に強要はしてはいけない事になっている。そこで、こうした心理的なテクニックを使って客を繋ぎ止めるのだ。
そして時は過ぎ夜8時になった。チャリティセールスは夜8時を過ぎたらドアをノックしてはいけない事になっているが、では8時になったら即仕事が終わりかというと、そうではない。昼間の内にいくつかとっておいた「予約」の家に行かなければならないのだ。このセールスにおける「予約(Booking)」とは何か。例えば、ドアをノックして住人が出てきたはいいがそれがまだ二十歳以下の子供だった場合、その子を通じてスポンサー登録してはいけない事になっている。そこで「じゃあお父さんお母さんが家に戻ってきた頃にまた来るね。夜8時過ぎぐらいにまた会おう!」という感じで一時保留になるのだ。
他にも例えばインド系の移民の住人の場合、大人でも女性の住人が出てくると「夫の許可なしに私1人の判断では決められないわ。」と大抵言われるので、そこで粘ってその場で根負けさせて登録させられなかった場合、「じゃあ旦那さんが帰ってくる頃にまた来ます」と爪痕一つ残しておく(たとえ人情的には残したくなくても、である)。こうして8時以降も大抵はBookingの家何軒かに向かうため、全ての家を回り終わると大抵夜8時20~30分ぐらいになる。そしてターフ内に点在するセールスチームのメンバーを1人1人車で拾い、そこから車内でボスの「この日の総括」を聞く。それが終わるとようやくオフィス方面へ向かう事になるのだが、ターフとオフィスの距離は大抵車で1時間ぐらいであるため解散するのはいつも大体夜9時半は過ぎる事になる。
オフィス集合が大体11:30で解散が21:30以降だから1日10時間仕事で拘束か。これを平日5日間だから週50時間。思ったより仕事で時間取られるんだな~。