「マスタ〜、なんか今日ヒマですね〜」
「うわー、あおいちゃんストレート(笑)」
アルバイトのあおいちゃんの言葉に常連の間口さんが先に反応する。
確かに今日は休日にしては、のんびりだ。
会話に加わろうとした時にドアベルが鳴り、お客さんが来た。
「いらっしゃいませ」
「キリマンジャロお願いします」
スーツ姿の栃木野さんは淡い色合いの花束を片方の椅子に置いた。
「花屋さんの日なんですね」
「はい。」
「花屋さんの日?」
間口さんが遠慮しながら聞いてきた。
栃木野さんは寂しさの混じる照れた顔で微笑む。
「妻との約束なんです」
「素敵ですねぇ。。。花束の約束なんて。。。奥様、お幸せですね」
間口さんの素直な感想だ。
「そう思ってくれてたなら良いんですけどね。。。」
含みがあるような言い方に、間口さんが戸惑いの表情をする。
栃木野さんはコーヒーを運んだあおいちゃんに「ありがとう」と伝えると、取っ手に指をかけたまま話し始めた。
「妻は。。。もういないんです。病気で。。。
妻がまだ元気な頃、わたしは仕事ばかりでうちのことは任せっきりでした。
妻はなんとかして家の事にも目を向けて欲しかったんでしょうね。
ある時テーブルに飾る花を買って来て欲しいと言いましてね。
買って帰ると、これからはわたしの仕事だと言って、花が枯れたてきたら新しい花束を買ってくるようにと。
面倒だなあと思いましたよ。
でもルーティンにすると、季節ごとの花を見るのも楽しくなってきて。」
間口さんは黙って頷く。
栃木野さんはコーヒーを一口飲むと続けた。
「妻がいなくなり、習慣だけは残ってます。もういないのにホントなら1番後回しにする事がずーっと残ってます。」
栃木野さんは先ほどと同じ寂しさの混じる照れた顔で微笑む。
「もしかしたら。。。」
間口さんが花束を見つめる
「もしかしたら、奥様は絆を残したかったのかもしれません。。。
奥様との、ではなくて、世の中との絆、関わりという意味で。。。
自分がいなくなったら、夫は世間との繋がりをやめてしまうのではないか。。。って。
あっ!
ごめんなさい。初めてお会いしたのに推測でものを言ってしまって。。。」
間口さんが申し訳なさそうに頭を下げた。
栃木野さんは顔の前で小さく手を振り
「いえいえ、そんな。。。
そうかもしれません。考えてみたら定期的に花を買いに行くので、花屋さんとも会話するようになりましたし、こちらのカフェに寄って美味しいコーヒーを頂き豆を買いマスター達とお話しするのがスパイスになってますから。」
間口さんが笑顔でうなずく。
「大人って深いですねっ!」
あおいちゃんの力ワザのまとめに一同が笑う。
「そうよぉ。大人になるのも悪くないでしょ?」
間口さんが腰に手を当てて胸を張る。
そんな間口さんに栃木野さんも笑い返す。
この後もコーヒーを飲みながら、みんなで雑談を続けた。
「じゃあそろそろ帰るわね」間口さんが席を立ち会計を済ます。
「今日はありがとうございました」
栃木野さんが立ち上がって軽く頭を下げた。
「とんでもない!勝手に会話に入ったのはこちらなんですから(笑)
じゃあ栃木野さん、また!」
「はい。また」
***
約束、というわけでは無いけれど、人とまた会おうと話したのはいつぶりだろうか。
また行こう。
コーヒーを飲みながら、今日のように話がしたい。
帰りの足が少し軽く感じた。