好きな人 | seabula旅日記

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別に旅はしないんですけどね。

舞台芸術家の鈴木忠志監督のブログはいつ読んでも面白い。

エピソードや着眼点もそうだが、一種独特の文章回りがある。
そこも魅力。
書籍を読んでいてもそれは感じるから、昔からそういう文体なんだろう。

話は先日の山岡鉄舟展に絡むのだが、あれは個人的には勝海舟の資料が見たかったのである。
ルームにも書いてあるが鈴木忠志監督も勝海舟も尊敬する人物である。

勝海舟に関しては別段大河ドラマ龍馬伝の影響ではなく元々きっかけは千利休だった。
千利休はご存知の様に茶道を確立した稀代の芸術家である。
しかし最期は豊臣秀吉により切腹させられる。

果たしてこの時の利休は何を思ったのだろうか。
まずそこで連想したのが鈴木監督と徳川慶喜であった。

鈴木監督も当代生っての舞台芸術家である。
かなりの反骨の人である。
現代では有り得ないことだが、もし監督が何らかの理由で巨大な権力者から死を申し渡されたら果たしてどう考えるだろうか。
言い渡された駿から死の瞬間まで何を考えるだろうか。
それとも「やだよ、そんなの」とトンズラするか。

もう一人の徳川慶喜も大政奉還から謹慎、江戸城開城、静岡での隠居と抗えない波に呑まれた時に何を考え、どう受け入れたのだろうか。
松平春嶽などに家康の再来とまで言われた英傑だから無為で受け入れた訳ではないだろう。
そんな徳川慶喜のことを知りたくて勝海舟の「氷川清話」を読んだ。

凄かった。
なんて無茶苦茶なおっさんだろうと言うのが率直な感想だった。
でもその無茶さには裏打ちされた人物像がきちんとある。
でなければあんな立身はしなかっただろう。

鈴木監督や勝海舟、はたまたこよなく愛する海外ドラマDr.HOUSEの主人公グレゴリー・ハウス。
共通して言えるのは実力を真に備えた無茶苦茶なおっさん。
ハウスも過去何回かこのブログでも書いている通り偏屈な医者だ。

最終的に自分もそんな人間になりたい。
周囲に実力だけでなく、「仕様がねーなー」みたいな諦めの観念を持たれる人になりたい。
きっと面白いと思う。
でもきっと凄く孤独だろう。
そしてそんな自分が大好きなのだろう。