ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく -24ページ目

ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく

ビコールの魚屋のブログです。行きがかり上フィリピンに住むことになった時の所持金は、僅か7000ペソ。
その後、山あり谷ありを経て18年後の今もなんとか生きてます。

昨日は、タバコの町のフィエスタということで、久しぶりにマークさんのお宅に招かれた。
家を出る前に妻とひと悶着あり、一緒に行かないと言い出した妻だったが、うちの犬のヒメがいつもするように、僕が出かけそうになることが分かると、先回りして車の前で待っていた。
とうとう僕も、ここまで女房を手名付けたかと感慨ひとしおであったが、それを押し込めるようにして「待った?」とだけ妻に言って、車のドアーを開けた。

妻の方も「そんなに・・」 と答えるぐらいには、機嫌は回復しているようだった。


タバコに向かう途中、僕は車の中で色々なことを妻に話しかけた。中でも僕がブログに書いたTOMさんの話をしている時には、妻は自分の記憶をたぐるようにしながら、さかんに「ほんとにねえ」とか「あのときねえ」とかを連発していた。
そしてその後、タマラオさんのことに話が及ぶと、
「みんないい人ねえ」と言った後に、
「じゃあ、カラバウさんっていう人もいるの?」と言って、ひとりでケラケラと笑っていた。
僕は妻をちらりちらりと横目で見ながら、自らの機嫌を修正しようと試みている彼女の姿に、何となく月日の重さを感じざるを得なかった。
車はそうこうしているうちに、第一関門の橋崩落現場にさしかかろうとしていた。

つい先日、ある人にメールで「フィリピーナさんのお宅は近いのですか」と聞かれた。このへんてこな文章に、思わず笑ってしまったが、もちろんフィリピーナさんとはマークさんのことを言っているということは、すぐに分かった。
近いか遠いかと聞かれると少し困ってしまうが、マークさんが言うには、ポランギとタバコは、ちょうど厚木と渋谷の区間の距離に匹敵するそうだ。そしてその二つの町の真ん中には、マヨン火山に連なるサボローヨンという峠が走っている。
それを考えると、マークさんのご近所を標榜する僕の言葉には、少し無理があるようだが、一番近い日本人は、今のところ僕なので、それはそれでいいと思っている。

さて、話を戻して橋の崩落現場だ。昨日写真を撮ったので、とりあえず載せてみることにしよう。
 

ビコールでは 度重なる台風の被害で、橋がこんな風に崩落している所が何箇所もある。タバコに向かう道には、この一箇所だけだが、何しろ全工程の半分以上の時間は、この場所で取られてしまう。
もちろん橋が無くては、川の中を突き進まねばならない。
もし車を買う予算が1台分しかないとすれば、ビコールではあまり選択肢はない。SUVかピックアップか、それがいやなら置き捨てにしてもかまわないような車を買うかだ。
ここを抜けると、後は上り坂を一気にてっぺんまで上りきる。そこから先は高原の中に平坦なワインディンングロードがつづくパノラマだ。


今回は生憎の曇り空だったが、天気の良いときは、マヨンが美しい。
マヨンの展望台入り口を過ぎると、やがて道はゆっくりと下り始め、マヨンの裾野に広がるこじんまりとした平野に出たら、そこがタバコシティーだ。
もうここまで来ると、隣にいる妻のことは忘れ、頭の中は、マークさん一色になってしまう。
今日は何を話そうか。何を食べさせてくれるのか。
そんな他愛もないことだが、思わず心が弾む。
それがビレッジのゲートを潜ろうとした時、マークさんが夕べ電話で言っていたことをふと思い出してしまった。
「モナのパパが、ギョウさんのこと呼んでますよ・・・」
しばらく脳内をその言葉がぐるぐると回り続けた。
でもきっとこの方、昔モナちゃんを部屋に呼ぶ時も
「うちの犬が、キミに逢いたがってるから」なんてことを言っていたに違いない。
そう思って気を取り直し、緩めかけた車のスピードを少しあげた。
案の定、家の前に着くと、いつものようにダディーが満面の笑みを浮かべて、僕たちを待っていてくれた。
さあ、今夜はどんな夜になることか。