ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく -13ページ目

ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく

ビコールの魚屋のブログです。行きがかり上フィリピンに住むことになった時の所持金は、僅か7000ペソ。
その後、山あり谷ありを経て18年後の今もなんとか生きてます。

ベッド上で伸びをした僕の手の甲に、何か固いものがコツっと当たったと思ったら、それが大きな音を立ててベッドから落ちた。
スマートフォンだ。でも慌てることはない。この高さから木の床に落ちても壊れないことは、何度も実証済みである。
僕は手だけを伸ばして床をまさぐると、手にしたスマートフォンを見て時間とその無事を同時に確認した。
午前10時を回ったところだった。殆ど二日間寝ていなかったにも拘わらず、3時間程しか寝られなかったことに不満はあったが、とりあえずお腹が空いていたので下へおりることにした。
キッチンに入っていくと、ちょうど妻が僕のために料理を忙しく作っているところだった。
「あっ、もう起きたの。ゴメンまだ何にもできてない」と言う妻に「大丈夫。まだお腹すいてない」と反射的に答えてしまった僕は、彼女が料理をするのを見ながら、その日の朝の出来事を妻に聞かせた。
最初はウンウンと頷きながら僕の話を聞いていた妻も、既に事務のスーザンからもっと細かな話を聞いていたようで、僕が話し終わるのを待たずに今度は彼女が喋り出した。
その話の内容は大体こうだった。
アーマライトが僕に謝りに行ったことを知ったスーザンが、ラフィーを呼んで僕の所へすぐ謝りに行くようにと彼の尻を叩いていたところ、それを聞いていたお手伝いのフェイが「ボスはもう寝てるから行っても無駄だよ」と口を挟んできたそうだ。そして更にラフィーの方を見ると「それからねえ、何であんたが謝りに来ないんだってボスがすごい怒ってたよ」と追い打ちをかけたのである。
彼女にとっては自分の夫に「ぶっ殺すぞ」と言った者に対しての、ささやかな復讐のつもりだったのだろう。
だがそのちょっとした意地悪が、ラフィーはもとより従業員に与えたショックは大きかった。ラフィーはこう見えても仲間の中では結構人気者なのだ。
きっと皆はそれを聞いて、去年の10月に僕が辞めさせたアリエルという従業員のことを思い起こしていたに違いない。彼もうちで16年働いてくれた男だった。
どうも皆は、最近の僕は人を簡単に辞めさせると思っているらしい。でも実際は、ここ5年間に辞めさせた人間はこのアリエル一人だけだった。
アリエルは15歳の時にうちにやってきた。僕の知り合いの魚屋がつぶれて、そこで真面目に働いていたアリエルを僕が引き取った形である。まだ幼さが残る当時の彼だったが、さすが9歳のころから魚を捌いていただけあって、その腕は大したものだった。そんな彼が、すぐさまうちの人気者となったことは言うまでもない。当時の彼がかいがいしく働いていた日々のことを今でも時折思いだす。
特に、後に彼を夜間の自動車整備学校に通わせ、2年のコースを5年かけて卒業することになった時に、僕達夫婦とアリエルの3人で泣いて喜んだことは生涯忘れることはないだろう。
その彼が、今年の4月に秘書のミルドレッドと激しく衝突したのである。
その時、長い間家を開けていた僕は、ミルドレッドからの電話でそのことを知った
詳しい経緯はここでは省くが、僕にあまりにも忠実だったアリエルがミルドレッドに従おうとしなかった事が原因らしかった。そのことをミルドレッドに詰め寄られると、アリエルは「ボスが帰ってきたら、俺も戻ってくる」と啖呵を切って、山奥の実家に帰って行ったということだった。
僕はそれを聞いて、そこに彼の僕に対する愛情や甘えといったものを感じると同時に、僕が全権を委ねたミルドレッドに背いて職場放棄をしたことは、僕に忠誠を誓うと自負する者としてはお粗末な判断で、許すまじ行為だと思った。
その後、僕が非常に怒っているのを風の便りで耳にしたのか、彼の方から僕を訪ねてくることはなかった。とても残念なことだった。
ただこれには更に裏話があり、実は職を失ったアリエルに僕達夫婦はサウジアラビア行きを支援してやることにした。示しがつかなくなるのでそのことは従業員には内緒にしてあるが、現在彼はサウジでメカニックドライバーとして元気に働いている。、
それにしてもアリエルが整備士になっていなければ、いまの職にも就けなかったことを考えると、どこか救われた気分になる。ぜひ奥さんや二人の子供の為にも、彼にはがんばってもらいたいものである。

話が大分逸れてしまった。話を戻を戻すことにしよう。
妻は自分の知っていることを一通り話すと
「ラフィーも最近お祖母さんが亡くなったばかりだから」と僕が初めて聞くことを言って、あまりいじめるんじゃないよという目つきで僕をちらりと見た。
なんか知らないうちに僕が意地悪な人間にされてるような気がしたが、フェイの口にしたことに言及するとまたややっこしくなりそうなので、
「あなたも知ってるでしょ。謝れば良いだけなんだから、問題ないでしょう」と西洋人がやるように手を広げていたら「ちょっとどいてお願い」と僕の腕をくぐるようにして、妻が出来上がったばかりのレバニラ炒めをテーブルに運んで行った。
そしてそれから3時間後、とうとうラフィーが僕のもとへやってきた。


つづく