男達 | ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく

ビコール狂詩曲 ギョウちゃんが いく

ビコールの魚屋のブログです。行きがかり上フィリピンに住むことになった時の所持金は、僅か7000ペソ。
その後、山あり谷ありを経て18年後の今もなんとか生きてます。

「ガガタノンタカァー」(ビコール語でぶっ殺すぞの意味)
一昨日の早朝4時5分27秒、それは突発的に起きた。ブログを投稿した瞬間だったので時間は確かだ。
声の主はラフィー。彼は15年前、彼のお祖母さんが5000ペソの質草として僕に置いていった男だ。それっきりお祖母さんは戻ってこないので、契約金まで支払ってこの問題児を雇ったことになるが、それももう今では諦めている
毛むくじゃらで、典型的な男性ホルモン過剰性ハゲのカルガドール(荷役)だ。
そしてラフィーに声を荒げられていた相手はドライバーのアーマライト。彼の素性に関しては、あまり詳しく述べることはできない。
と言うのも彼はある大量殺人事件の生き残りで(彼も実際2発被弾している)呼び名のアーマライトはその時使用された銃器のメーカーの名前から来ている。以前は証人保護プログラムも彼に適用されていた。
モナちゃん(マークさんの奥様)のダディのお気に入りでもある。

僕は部屋のカーテンの隙間から、この二人の喧嘩であることが確認できると少し安堵した。なぜならこの二人の喧嘩に、今まで刃物が登場したことは一度もなかったからだ。
つまり殺し合いに発展したりして死んだりすることはないということだ。
ところがよく見ると、アーマライトの手には何と包丁が握られてるではないか。
「とうとう過剰労働でみんなブチ切れ始めたな」と思った僕は「オイ」と一言大きな声で彼らを威嚇してから、急いで階段を下りて仕事場に向おうとした。
表に出るとすぐに二人の様子が目に入って来た。
そしてそれを見た瞬間、彼らが僕が到着するのを待ちながら、膠着状態を保っていることが分かった。
「やれやれ人騒がせなやつらだ」
さっき慌てて階段から落ちそうになったことも忘れて、にわかに威厳を取り戻した僕は、ゆっくりと歩を進めながら二人に接近していった。
傍まで行くと、立ったまま口を利かずに、かなり長い間二人を交互に睨めつづけた。
じきにアーマライトは伏し目がちになって僕から視線をそらすと、口元には照れ笑いとも愛想笑いともとれる笑みを浮かべ「ボス・・」と一言発し、一方のラフィーはギュッと噛んでいた唇を離すと声を落として「パセンシャナポ・・」と呟くように言った。
呆気なく平和が保たれたことが分かったこの瞬間、この二人も年取ったなぁと思った。
でも昔だったらこうはいかなかった。

以前は本当に大変だった。不良少年達が公正する場所として、いつの間にか知れ渡ってしまった僕の所では、それはもう喧嘩が起らない日はないという毎日を送っていた。当時購入した二丁の拳銃も、賊に対抗する為というよりは、男どもの喧嘩を鎮静化させるのが目的で買ったようなものだ。でもその拳銃も抑止力を発揮したのも最初の内だけで、やがていつも見せるだけでその拳銃を使わないことが分かると、男たちはこちらを全く無視して平然と喧嘩を続けるようになっていった。
今でも時々後悔することがある。いくつかのシーンを思い出して、あの時に彼らの足の2.3本でも撃つ勇気が僕にあったとしたら・・・くだらない喧嘩がもとで3人もの若者の命が失われることもなかったかもしれない。
カルロス、ゴド、ノメール、不適で大胆で向こう意気の強かった3人の男達。
けれども死ぬ前には「死にたくない」と目の合う全ての人に哀願し、取り返しのつかない現実を受け入れることができぬまま死んでいった。


僕はすっかり落ち着きを取り戻したラフィーとアーマライトを確認してから、喧嘩の理由も聞かずに
「みんなに迷惑をかける奴は、いつでも辞めてくれ!」と短く言い渡して家の中に戻った。
しばらくして部屋でPCをいじっていると、お手伝いのフェイが開いてるドア越から僕に向って「アーマライト、アーマライト」と話しかけてきた。
僕は“俺はアーマライトじゃないだけどなぁ”と思いながらも何の用事か聞いてみると、フェイの後で見え隠れしていたアーマライトの謝る声が聞こえてきた。
それはまるで無理やり母親に連れられて、喧嘩相手の親に謝りに来た悪ガキのようで、この場に及んでまだ言いわけじみたことを言っていたが母親に免じて許してやった。
実はこのフェイとアーマライト、夫婦なのだ。年の差19歳、フェイの方がもちろん年上である。

二人が去って再びPCの前に陣取ると、急に抑えようのない眠気に襲われた。
ラップトップは日本時間の朝7時過ぎを表示していた。
何時間寝ていないのだろう。そんなことをぼんやりし始めた頭で考えながら、ラフィーのことが少し気になっていた。
アーマライトは僕のもとへ謝りにやってきた。彼はまだ来ていない。
いずれ来るだろうが、それまで起きて待っていることにしようか・・・
この一見重要そうではない問題に、僕は気が休まらない気持ちでいた。


僕は何か間違ったことをしても、基本的に謝りにきた従業員は皆許すことにしている。
乱暴な言い方になるが、謝ると言う行為はけじめであり、落とし前だと思っている。
特にこのフィリピンでは尚更だ。謝ることを是としない彼らにとって、例えそれが見せかけの空言にすぎなくても、謝罪行為そのものが懲らしめにあたるという考えだ。
このようにフィリピンの神様のように優しい僕だが、謝るなら早い方がいい。
できれば次の仕事に取り掛かる前に。
そうでないとラフィーの15年が無駄になる。そう思いながら僕はとうとう眠ってしまった。
37時間ぶりの休息だった。

つづく