北アルプスから吹き下ろす風が、いよいよその冷たさを増し、安曇野の地に本格的な冬の到来を告げる12月。

吐く息が白く染まるこの季節、長野県安曇野市にある「穂高神社」では、数日間だけ現れる“光の絶景”があります。

それが、**「神竹灯(かみあかり)」**です。

今回は、静寂に包まれた鎮守の神社で出会った、心洗われるような神秘の夜について綴りたいと思います。



宵闇に浮かぶ、一万の祈り

日が落ち、あたりの山々が深い藍色のシルエットに変わる頃、穂高神社の境内へ足を踏み入れました。

鳥居をくぐった瞬間、そこはもう日常とは切り離された異界のよう。

視界いっぱいに広がるのは、無数の竹筒から溢れ出る、優しく揺らめく灯りです。その数、なんと約一万本。



「竹灯籠(たけどうろう)」と呼ばれるこれらの明かりは、一本一本が地元の方々の手によって丁寧に切り出され、配置されたものだそうです。

ご提示した写真を見ていただければ分かるように、竹の切り口から漏れる光は、まるで三日月が地上に降り注いだかのよう。地面を這うように広がる光の川は、奥へ奥へと続き、私たちを神域の深淵へと誘います。



凛とした冷気と、温かな灯火のコントラスト

12月の安曇野の夜は、正直に言って寒いです。

しかし、この「寒さ」こそが、神竹灯の美しさを完成させる重要なスパイスなのだと感じました。

肌を刺すような凛とした冷気。

シーンと静まり返った境内の静寂。

その張り詰めた空気の中で見るからこそ、竹灯籠のオレンジ色の光が、より一層温かく、愛おしく感じられるのです。

冷たい夜風に吹かれながら、ふと立ち止まって灯りを見つめていると、竹筒の中で小さく揺れる炎のゆらぎが見えました。それはまるで、生き物の鼓動のよう。

ただ明るいだけの電飾イルミネーションとは違う、有機的で原始的な「炎」の力。

古代の人々も、こうして闇夜に灯る火を見て、安らぎや神の存在を感じていたのかもしれません。

和の美学、闇に咲く華

境内を進むと、竹灯籠の海の中に、ハッと目を奪われる光景がありました。

闇に浮かび上がる、真紅の和傘。

無数の竹明かりが「静」であるならば、鮮やかにライトアップされた和傘は「動」のエネルギーを感じさせます。



竹の素朴な質感と、和傘の艶やかな色彩。

この絶妙なコントラストが、日本の冬ならではの「幽玄」の世界を作り出しています。

写真に収めたその場所は、まるで歌舞伎の舞台か、あるいは夢の中の出来事のよう。

光と影が織りなすその景色は、あまりに幻想的で、シャッターを切るのも忘れて、しばらく見入ってしまいました。

感謝と祈りを捧げる夜

そもそも、この「神竹灯」は単なるライトアップイベントではありません。

「神」に「竹」の「灯」りを捧げるという名の通り、これは神事としての側面を持っています。

穂高神社は、日本アルプスの総鎮守として知られる格式高い神社。

この灯りは、一年間の無事を感謝し、来たる新年の平穏を祈るためのものなのです。

竹には古来より、清浄な力があり、邪気を払うと信じられてきました。

また、まっすぐに天へ伸びる姿は、健やかな成長や繁栄の象徴でもあります。

一万本の竹灯籠の一つひとつに、誰かの「ありがとう」や「願い」が込められている。

そう思うと、目の前の光景が単なる美しい景色以上の、重みを持った物語として心に響いてきます。

五感で味わう、冬の安曇野

視覚的な美しさはもちろんですが、神竹灯の魅力は五感全体で味わえることにもあります。

耳をすませば、風が木々を揺らす音や、参拝客が砂利を踏む音が心地よく響きます。

鼻をくすぐるのは、冬の乾いた空気の匂いと、時折漂ってくる焼き餅や甘酒の香り。

そう、神竹灯の期間中は、境内で温かいグルメを楽しむこともできるのです。

冷え切った体に染み渡る、熱々の甘酒。

地元の食材を使った温かい食べ物。

幻想的な光を眺めながら、白い息を吐いて熱いものを頬張る。

これぞ、日本の冬の贅沢ではないでしょうか。

心も体も、内側からポカポカと温まっていくのを感じます。

旅の終わりに 〜心の灯りを持ち帰る〜

安曇野の厳しい冬が生んだ、一夜の幻のような光の祭典。

穂高神社「神竹灯」は、派手な演出や音楽があるわけではありません。

ただ静かに、竹と光と闇が存在するだけの空間です。

けれど、だからこそ、私たちは自分自身の心と向き合うことができます。

忙しない日常の中で、置き去りにしてきた感情や、忘れていた感謝の気持ち。

揺らめく炎を見つめていると、そういったものがゆっくりと心の中に満ちていくのを感じました。

「きれいだったね」

帰り道、隣で誰かがそう呟く声が聞こえました。

その言葉は、単に景色を褒めているだけでなく、心が浄化された後の、晴れやかな響きを持っていました。

もし、あなたが12月の安曇野を訪れる機会があれば、ぜひ穂高神社へ足を運んでみてください。

そこには、寒さを忘れさせるほどの温かい光と、忘れられない神秘的な体験が待っています。

闇が深いほど、光は強く輝く。

そんな当たり前の、けれど大切なことを教えてくれる、安曇野の冬の風物詩でした。



(あとがき)

この記事を読んで「行ってみたい!」と思った方、夜の撮影は手ブレしやすいので、三脚の使用や、高感度に強いカメラの準備をお忘れなく。そして何より、防寒対策は万全に!足元から冷えるので、厚手の靴下とカイロは必須アイテムですよ。