今夜は大雪になるでしょう。

 今夜は大雪になるでしょう。


 行きつけだったバーに先輩と行く。
 代行料はもつと言う先輩の意見を半ば無視して、運転手だからとアルコールを一滴も飲まなかった。それに今夜は勢いではなく、素面である必要もあった。

 お店に着いたときはまだ、とても積もりそうな感じの降り方ではなかったけど、天気予報を信じた。

 彼とは何度か2人でお酒を飲みに行った。サークルの人も含めて何度か。年が明けてからは2人でくるようになった。どういう気持ちの変化だろう。
 いつも3,4杯、居酒屋では呆れるほど飲む彼も、店の雰囲気を重視してか、あるいは2人きりということに気を遣ってか、無茶な飲み方はしなかった。

 私が紹介したバーを彼はすごく気に入ってくれて嬉しい。
 マスターから聞いたけど、たまに1人で来ることもあるらしい。年末年始、彼女と来てたかどうかマスターに聞いた。来てなくてすごく安心した。

 こういう場所で先輩と話すのは大好き。
 昼には見せない、話し手の先輩。普段は聞き手の彼が話すところを見るのはやっぱり嬉しい。
 そして、妹はお酒が飲めないからここには来られない。妹に優越感もってどうする。
 
 少し落とし気味の照明に合わせるかのように、また落ち着いた音楽に合わせるかのように、ゆったりとした喋り。皮肉なことに寂しそうな目もこの場にはぴったりだった。
 そして、いつもは聞けない話。
 遠距離恋愛の彼女との話しに終始することも多いけど、悩みを打ち明けてくれる彼を助けたかった。限界はとっくに超えていたと思う。
 それでも先輩の気持ちは痛いほどわかってる。気持ちの離れている恋人と一緒にいることの辛さ。それでも離れることのできない切なさ。
 私もそんな人と出会いたかったけど、本当にロクな相手がいなかった。私は絶対に先輩がいい。悲しい顔をさせたりはしない、それだけは自信がある。

 マエカレに連れて行かれた店。しばらくは近付くことすらできなかった店。道沿いにあるし、普通に通ることもあって、そのたびに嫌な思いをしてきた。
 今ではそんな思い出も吹き飛んだ。
 横で飲んでる先輩がそうしてくれたんだ。

 恋愛は命がけ

 出会った頃よく先輩はそう言っていた。私にそっくりだった。
 それでも、私とは違って先輩はそれを実践するんだろうなと告げていた。
 事実、彼はいつからか右腕にリストバンドをするようになった。何を隠しているかは簡単にわかった。チラッと見えたこともある傷のあと。
 この季節だからわかりにくいかもしれないけど、暖かくなればわかる。先輩はなんて言うんだろう? 彼女は知っているのかな? 次会うまでに消えてればいいけど。

 そして私の体質。ものすごく強い霊感が先輩の変化を察した。いつからか先輩の表情じゃなく、まわりの黒いものがすごく気になりだしていた。死んだ祖父と同じ。はっきりと見えるわけじゃないけど、死の空気が色濃くなりだしていた。


 いつものように2,3時間。
 店を出たら天気予報の通りだった、日付も間もなく変わる。
 彼を家に送っていき、1、2時間居座る。
 雪の粒はその大きさを増した。
 いつものように帰ろうと、いやその気はなかった。
 帰る素振りだけ見せて、家の外に出る。いつものように車の前まで足を運んでくれる。

 帰り道危ないけど大丈夫?

 ちょっといたずらしてみようかな。

 そんなこと言うくらいなら泊めてくれません?

 いいよ。
 拍子抜けするほどあっさりと、わりと即答。彼女はいいんですか、とは聞かなかった。聞いて心変わりされても困るから。私が心の底から憎む、浮気、それになるけど、もうそんなことは言ってられなかった。何も話さずに二人で家へ戻った。

 何より彼は、私の気持ちを知ってそれを利用してるんじゃない。
 逆だ。先輩につけこんでるのは私の方。店に行ったときから、雰囲気を作っていたのは私。
 心身ともに疲れ果てた先輩を見るのは、もういやだった。
 それより、その姿すら見えなくなりそうで怖かった。消えていく、黒く包まれていく---

 お風呂から上がった時、丁寧に着替えを置いてくれてたけど、袖を通す気はなかった。
 バスタオル1枚で彼が寝るといいと言ってくれた寝室へ。すごい変な感覚、なんだろう。
 前の彼女の何かが残っている気がして身震いした。私は全然知らない人だから気にする必要はないけど、それでもすごい。
 きっと先輩は何もしないつもりだったはず。普通に泊まって起きたら彼の家を出る。私のことを多少なりとも知っている彼女のことだ、彼がもし話したとしてもきっと信じてはもらえない。
 客用の布団なんか出てないし、私を寝かせたらこたつかなんかで寝るんだろう。先輩のことだから私が起きるまで寝ないのかもしれない。
 
 寝室には気を利かせているのか、私たちが気に入ってる音楽が流れていた。

 ふと先に上がっていた先輩の右腕が見えて、思わず目が離せなくなった。
 見られたことに気付いた先輩は苦笑いを浮かべながらさりげなく隠したけどもう遅い。
 そっと袖をまくって、しっかり見ようと思った。先輩は拒まなかった。
 痛々しいまでに縦横無尽に走る痕。想像以上だった。
 愛おしかった、そんな腕を持ち上げて、そっと口付けた。
 気まずげに照明を落として部屋を出ようとする先輩の手を引っ張って押し倒した。
 泣きたかったのはどっちだろう、傷ついたのは誰だろう。
 
 心の中では笑っていた自分に嫌気が差した。
 刹那、先輩がこちらを向いた気がしたから。気のせいでもいい、私はそれを信じて、執着して離れない。

 誰に言っても信じられないと思うけど私にはわかる。人を死なすわけにはいかなかった。
 既成事実を作って強引に自分のものにしようと思ったから、卑怯でもなんでもかまわなかった、私は先輩の全てを受け入れた。

 この夜、私は初めて男性の腕の中で眠る経験をした。幸せだった。

 外の雪が室内を薄暗く照らしていた。

 起きてもまだ、私は彼の腕の中にいた。