ふらふらと歩いていたら、どうやら車が来ていたらしく、危うく車に轢かれそうになったw
 ていうか、多分腕引っ張ってくれなかったら\(^o^)/
 助かった、でもちょっと残念だった。こういうかたちでなら全然ありだと思う。

 おはようございます・・・と言っても起きたの1時間以上前ですが。

 ワシをよく知っている人から、ネットやめられますか? ということをよく聞かれます。

 ネットを完全にやめることは無理、だと思う。
 それは今の時代的にという意味で。

 ワシは別にネットに依存しているわけではない。
 画面の向こうの人と知り合ったり、話したりすることが目的なだけで。
 正確にはネットで知り合う人に依存している。
 それはつまりネットに依存しているって言われるのかもしれないけど、そうではない。
 現実に、相手がいればそれでいい。その相手がネットを少しでもできるならもっといいと思う。時間が短いなりに一緒に楽しめばいいだけだから。

 でも、実はそれって難しい。新しく知り合う人、そして今付き合いのある人と考えるとすごい大人数になるから。
 付き合いの浅さや深さ、そして何よりネットという環境を考えればたいしたことないと思われる人も多いと思う。

 恥ずかしながら、たいして深くもない人のことで体調を崩すほど悩んでいた時期がある。

 以前、質問したわけではないけど別のかたちで、自分のどこにいいところがあるのか? という自分自身が持っている疑問に答えてくれた相手がいる。
 
 ネットで知り合ったそんなに仲良くない人のことでも真剣に考えてるところ

 確かこんな答えだったように思う。確かに・・・と思ったけど、逆に言えば、その時ワシが大事にしてる人がいたとしたら、その人にとっては心配の種でもあるらしい。
 言い換えれば誰にでも優しいということになるのかもしれない。

 その時はそこで終わったけど、実はそれには一つの間違えある。
 ワシは大事な人さえ現れれば、いろいろな人に向けた思いや時間を大事な人のために向けられる。

 たとえばいろんな人と話をしていた。大事な人ができればその人と話したいわけだから、別の人を切ることはないけども、今までいろいろな人と話していた時間を、その大事な人に使いたいし、使ってきた。
 このblog読んでて、そういうことか、薄々わかってはいたけどなるほどね、と思われてる人もいるはず。


 前に誰かが言っていたけど、どこで会ったか、というのはさほど重要ではないと思う。確かに実際顔を合わせて話せるにこしたことはないし、何よりお互いの姿を見たことがあるにこしたことはない。
 それでも、うちのとってる新聞にも書いてあったけど、ネットでしか話せないこともある。
 ネットで話して、笑って怒ってっていうのはよくあると思う。そこにプラスして、泣いたりケンカできたりするような人と出会えたら、それを現実に会うことがあって、その時にも同じようにできたら、ワシにとってこれほど幸せなことはない。