「やりたい」を言えるのと「やりたくない」を言えるのは、似ているようで別物?
リトリートアドバイザーAkkoです 先日「会いたい」と思ってイベントに参加! 野沢和香さんと♡昨日投稿した53歳「嫌です」と言える私になる練習を始めましたをいつもの何倍もの方が読んでくださり、正直驚いていますこの流れの中で、ひとつ気づいたことがありました。私はずっと、「やりたいことを「やりたい」と言えること」と、「やりたくないことを「やりたくない」と言えること」は、同じことなんだと思っていました。やりたいの反対はやりたくないだから、表裏一体でしょ!ってでも、それは少し違ったのかもしれないと気がついたのです。「やりたい」を言えることと、「やりたくない」を言えることは、似ているようで、実は別の力?別のエネルギーを使うんだな!って私は比較的、「これがしたい」「これに挑戦したい」は言えていた方だと思う。でも、「これは嫌」「これはやりたくない」「これは違和感がある」そっちを感じること、認めること、言葉にすることが、とても苦手だった。だけどある友人からの一言で気づいた!「やりたくない」がわからないと、「本当にやりたい」も、実は見えなくなるんだなって。嫌なことを感じないようにしていると、自分の輪郭そのものがぼやけていくだから、何を選んでも、どこかでズレる。NOがわかるから、YESが見えるこれは今、私が人生で学び直していることなのかもしれない。53歳、私は今、「自分のNOを感じ、人に伝える練習」をしています。怖いけどでもその先に、今までよりもっと深い、「本当に生きたい人生」「在りたい自分の姿」があると信じて自己紹介ブログとご提供中のサービスはこちらからご覧ください2023年電子書籍出版!!Amazon 7部門でベストセラー獲得!My Retreat®︎: 身体を緩め、心を緩める極上のself careAmazon(アマゾン)リトリート専門旅行会社た.び.の相談窓口提供中のサービスやサポート事例・お客様の声は「公式ホームページ」日々の活動は「Instagram」個別相談は「公式LINE」