社内公用語の制定がもてはやされてるよう。企業内の人員の構成や取引相手などで欧米など海外が多ければ英語でしょうが、中国よりだと英語と中国語というところもあるかと。
英語では英語を学ぶにあたっての精神論的なモノから、こういう風に学べ的なハウツー本、単にスキルアップのためにモノ、対~~とカテゴライズされたモノ、留学のモノ、日本人が下手な理由から英語の公教育の低さまで書店に行くとなにがなんだかわからないというレベルの書籍の多さ。中国関連は、ブースも大きくなって旅行からアジア経済、投資方面と多岐にわたっていますが、言語を元にしての書籍があまり見らたらない。中国側も英語ができるので、英語があれば事足りるのでしょうが…。
日本でも少しかじってから中国に渡りましたが、生活するのにもちょっときついというレベル。最初は日本から持って行った会話集を覚えたりで、模索していました。講義は当然中国語ですから、中国語を中国語で学ぶ。いかに乗り切っていくかを考えていました。
ある程度聞いたり書けるようになり、いろいろなところへ講義を聞きに行くようになり、中国語とは何ぞや的な講義を聞いたときのこと。
中国語では、動詞と冠詞と時制、つながりを強く意識するという意見。
動詞を意識するようにと。基本的には、ひとつの漢字でいろいろな意味を持っていて、それを組み合わせても動詞がありますが、ひとつひとつを噛み砕いて説明すればよいとのこと。「送って」、「帰って」、「行く」=送回去。英語の単数形と複数形といったモノはありませんが、ひとつひとつの行動を切り取って考えて補語などをつければ、ネイティブが話す中国語になってくるのかなと。
日本では、タンスは一棹とかという縛りがありますが、中国語でも割と細分化されているよう。傘も柄、包丁も柄があるということで、取っ手があるものは「把」。椅子も手で取っ手のようなところを掴むので「把」。その他のモノや会話の中では、代名詞で~個を多様しますが。。。
英語は時制を気にするというのがありますが、中国語もそのよう。過去、現在、未来はもちろんですが、動作の説明として、ただ単に一定の時に物事が発生したことについての説明なのか、形容詞が入ると、過去のことや今まで以前の状態のモノが今の状態に変わった完了と変化を表すものと。
つながりという表現もわかりにくいですが、副詞や形容詞を修飾する比較がなければ文章は続くモノとしてとらえ、形容詞に副詞がなけらば寸どまりの変な余韻を残した文章という風になるといわれました。程度を表すか、比較するかの修飾をしなければ、そのあとの文章で触れるのだろうということでしょうが、いまいち。。。
いろいろと考えながら話すと止まってしまうので、結局は出てきた語を話すという形ですが…。