2012年1月は観劇月間 | せっつのブログ

2012年1月は観劇月間

マラソン記の間に入ってしまいますが、今月の観劇記を。

私はふだん演劇とかは観ないのですが、今月はよりによって4回も行ってしまいました。

●金閣寺@赤坂ACTシアター

三島由紀夫の小説を宮本亜門が演劇化したもので、日本公演の後、アメリカでも公演を行い、その凱旋公演が赤坂ACTシアターで行われたものを観てきました。

実はこの小説読んでないのですが、ストーリーは非常によくわかりました。しかも、自分には夏目漱石的世界に感じられて、すごくツボでした。どこが漱石的って、「身近な人との関係のなかで次第に追い詰められていくところ(「それから」っぽい)」「主人公の近くで非常に頭の切れる人が出てくるところ(いわゆる「高等遊民」、今回の場合柏木を指す)」といったところです。これはちゃんと小説の方も読まねばという気になりました。

主人公を演じる森田剛は、すごく芯が通っている感じがいいですね。この舞台で特徴的だったのが、宮本氏の演出手法らしいですが、机などの大道具をたくさん使って、演者が黒子にもなってそれを組み立てて、道として使ったり、また、その道が行き止まりになったり、高く積み上がって南禅寺の門になったりします。そのように、動きをつけたり高さを有効に使う演出が非常にかっこいい。

また、金閣寺を象徴する演者が出てきて、場面によって主人公に忍び寄ってきて「ウォー」と声をあげたりします。さらに「大駱駝艦」のメンバーが出てきて、独特の雰囲気を作り上げます。

そんなわけでなかなか楽しめたのですが、実は数日経つとそんなに自分の中に残ってないのが不思議。その場で楽しむものなのか、それともいつの間にか自分の中にたまっているものなのか。

●寿歌@新国立劇場・小劇場

こちらは70年代に書かれてその後何度も演じられているという伝説の劇。ストーリーは核戦争後の関西地区(まあ、関西弁オンパレードなもんで)で妖しいドサまわりの一座で生き残った男女二人が旅をしていき、そこに謎の男が加わるというもの。ストーリーはあってないようなもので、ひたすらくだらないことを言ったり芸をしたりして進んでいく。

これが1回目に観た時は何を言いたいのかまったくわからずもやもやだけが残る。それでは口惜しいので、チケットを入手してもう一度観る。これが、マラソン前日で独特の精神状態にあったのも手伝ってか、かなりツボに入る。「何もない」ということをわかって観てみるとその分安心する半面、いろいろ示唆しているものが直感的にわかったりするのが不思議。この日のツボは、なんともいい感じで鳴るリヤカーについている風鈴と、ゲサクの「真っすぐ歩けるぐらいなら芸人にはなってまへん。」

マラソン後の休暇で、たまたまチケットが入手できたため3度目観覧。前から3列目という絶好の席ということもあって、表情の見え方がそれまでとぜんぜん違う。途中のキョウコの視線の感じから、この3人の関係性というのがすごく気になって、それを中心に観てました。ギャグとかは3回目にもなるともう慣れてしまう分、ふとしたところや、変えてきたことろがツボに入りました。

ここまで書いてなんですが、これ観に行ったのはやっぱり戸田ちゃん目当て。共演者が二人とも芸達者なのでどうしてもきびしいところありますが、自然児キョウコを作り上げてました。漫才のところとか流石元お笑い志望ならではの生き生きっぷり。

まとめると、金閣寺のクラシック・ロックに対して、寿歌はオルタナという感じ。1回目でわからないものがその後じわじわくるとすごいというのは自分の中での法則の一つなのですが、まさにそれでした。おそるべきです。