今年の1月末にミュージシャンであり文筆家であった小出斉さんが亡くなりました。いきなり、同時通訳の出来るアマチュア・ブルース・ギタリストと評価している大学の後輩からのメールで知らされました。最初は「ウソだろ。だってこの間、ソロCDをリリースしたばっかりだぜ」と返信したら、吾妻光良さんのコメントが添えられたメールが返信されてきました。

 「本当の事なんだ」と思えるようになった途端、小出さんについて数々の思いが沸き上がってきました。それは「感謝」です。中学生の時にブルースの雷に打たれてから、ブルースの沼に入り込んでいった自分ですが、何度も言っていますが、携帯電話もネットも無い時代ですから、ブルースの情報を知るために、いろいろと彷徨って迷っていた時代が恐ろしいほど長かったのですか、今思えば、この環境を脱することが出来たのは「小出斉」さんだったのです。

 私にとっては、ローラーコースターとしての小出さんと文筆家としての小出さんがあります。少し紹介したいと思います。

 

 まず左は高円寺のJIROKICHIでライブ・レコーディンクされたローラーコースターのデビュー盤の復刻CD。バンマスでドラム担当の山崎美樹さんによるローラーコースターの結成秘話みたいなライナーノーツーがとっても楽しくてしょうがない作品です。多分1990年の発売だったと思います。

 そして右はバンド結成30周年記念盤。1974年にバンド結成ですから2004年のリリースだと思われます。なんと未開封でした。持っていること自体も認識していませんでした。早速聞いて見ます。

 

 

 左は結成32年にリリースされた通算10作目。この作品からハープに和田耕作郎が正式に加入し「第四期ローラーコースター」が本格始動したとの事。正直、各期の状況はよくわかっていないので前後関係は怪しいのですが、でも好きでいいものはいいのです。ピアノの早崎詩生の軽快なピアノプレーが新鮮に感じた作品です。

 右はPヴァインが本格的に日本のブルース・バンドをプッシュ!したと宣伝された1995年に結成21年を迎えた時のライブCD。これもJIROKICHIでの録音で、ジャケットには妹尾隆一郎さんや吾妻光良さんも楽しそうに写っています。

 

 左は3作目となる吾妻光良をフィチャーしたとしたもの。通常は小出・吾妻・妹尾の3人がボーカルをたんとうするのですが、これは吾妻さんだけ。ただミュジカル・ディレクターとして小出さんが担当しています。

 そして右は4作目となる同じように妹尾隆一郎をフィチャーしたとしたもの。妹尾さんだなーと感じるのはジャケットにリトル・ウォルターのジャケットがデザインされているところ。すごくオシャレでセンスを感じます。

 

 小出さんのプレーは基本的にはダウンホーム・スタイルで、ボーカルもそのスタイルに凄くマッチしており、私はとても好きでした。ローラーコースターとしてのライブも多分3回ぐらいはJIROKICHIで観たと思います。最近でも精力的にライブを行っているという印象を持っており、以前、小出さんのライブの前座をしたという同じくダウンホーム・スタイルの後輩もショックを受けていました。

 

 文筆家としての小出斉としての凄さを紹介します。

 

 

 

 

 

 とにかく、これ程までにブルースの知識をどのように知っていったのか、身に着けていったのか、手に入れていったのかを今となってはお聞きすることが叶わなくなったことが残念でなりません。

 私が持っているだけでこれだけあるのですから、実際どれだけの文書を書かれたのか、残されたのかはわかりませんが・・・。また一つ一つの文章が、とても分かりやすく、そして、とても優しい文章だと感じています。

 

 

 左が遺作となった全10曲からなる初の弾き語りソロ・アルバム。ついこの前にリリースされたばかりなのに。

 そして右は「BLUES&SOUL 創刊30周年記念号」となる2024年4月177号。小出さんに対する追悼記事とともに「ブルース120年の歩みを知る」という企画が特集されています。この企画記事にも小出さんが関わった著書が登場しています。少しでもブルースに興味をお持ちの方には購入をお勧めしたいと思います。

 

 きっとLP・CD・ライナーノーツにも、私の気付かない、知らないところで、きっと小出さんのギターやボーカル、そして文書にたくさん接していることだと思います。

 素晴らしいブルースの世界を教えていただいてありがとうございました。