ブルース・ハープの第一人者という事に多くの人が異論がないとされるリトル・ウォルター。ある音楽雑誌では「事実上、あらゆるブルース・ハーモニカ・プレイヤーが 彼を手本にしている。彼はこのジャンルの標準的な表現方法を、ほぼ一人で作り出し      た」と説明されています。                                         

 マディ・ウォーターズ・バンドのメンバーであったことは多くの人が知っていることだとは思いますが、マディ・ウォーターズには、ビッグ・ウォルター、ジュニア・ウェルズ、ジェイムス・コットン、ジョージ・スミスといった錚々たるハーピストがマディのお抱えとしていましたが、中でもマディが格別に信頼をおいていたのがリトル・ウォルターであったようです。

 当時のシカゴ・ブルースは最小限の人数で、最大限のバンド・サウンド作るというのが流儀であったようで、その実現に向けて中心にいたのがリトル・ウォルターであったと言われています。

 ハープにマイクを当ててブロウする、アンプリ・ファイド・ハープの音圧は、複数のホーンに相当する厚みを、それも斬新なテクニックとダイナミックなスウイング感で、黄金の50年代シカゴサウンドが生まれたと言われています。

 1947年に初レコーディングをし、翌年からマディ・ウォーターズ・バンドとともにツアーやレコーディング活動をしながら、同時にシカゴで活動する他のミュージシャン達のレコーディングにも参加し、ウォルターのハープのパワーによって、熱のこもった、多くのブルースが作られていきました。

 1952年には自己名義でレコーディングのチャンスを得て、同年9月には「juke」によってR&Bチャートで1位を獲得し、その後15曲をチャートに送り込むまでになったのです。

 しかし、これらの評価に対して、世間一般での評価は決して高くないのが事実です。とても残念でなりません。マディの代表曲である「Hoochie Coochie Man」に、ウォルターのハープがなかったら・・・、と一部で言われているぐらいですから、もっと評価されてもいいのではと思います。

 

 

 左がチェスで52~54年に録音されたもので組まれた57年に出された初アルバム(CDには3曲のボーナストラックが加えられている)。オリジナルの12曲中6曲がR&Bチャートトップ10内という凄さあふれるデビュー盤です。インスト・ミディアム・スローとどれをとっても、由緒正しいシカゴ・ブルースの名演といえるのではないでしょうか。

 右は70年代に、チェス・ヴィンテージ・シリーズの1枚として出された「Hate To See You Go」。「見ろ!この額のキズを!」と言わんばかりの迫力あるジャケ写真。ケンカ早い破滅型と言われ、酒とケンカばかりしていたと思われているウォルターを証明するような写真です。実際にケンカがもとで68年に亡くなったと言われています。この作品は50年代後半~60年にかけて録音されたもので、R&B的になった最新のシカゴ・ブルースになっています。妹尾隆一郎がよく演奏していた「Oh Baby」が収録されています。

 

 左は多くのディスク紹介本に書かれてますが、ジャケットは確かにリトル・ウォルターですが、13曲中ウォルターは8曲だけに関係しており、かつボーカルとして歌っているのは4曲だけになります。しかしこれは非常に貴重な作品でして、なぜかと言うと、それは当時のマディ・ウォーターズ・バンドの初録音になるからです。ウォルターの他には、JB.Lenourとサニーランド・スリムがクレジットされています。

 右はユニバーサル・ミュージックから発売されたチェス・レコードに残した5枚セットのCDボックス。とっても高価でした。でも当時の紹介文に『彼がチェス・レコードに残した音源を完全網羅!数多くのヴァージョンを収録しており、タイトルに偽り無しのコレクション。126曲に及びキラー・ブルース・ソングを5枚のCDに収録!他界したボ・ディドリーとの共演曲「Feel So Bad」、「Make It Alright」を含む9曲の未発表曲のほか、R&Bチャート1位に輝いた「ジューク」、「マイベイブ」など12曲のトップ10ヒットを収録!』とあったので買ってしまいました。実はボリュームがありすぎて、未だ未視聴なのが正直なところになります。早く聴かねば。

 

 リトル・ウォルターの作品は、今でも比較的に手に入れやすいです。ぜひ、ウォルターのハープに聞き惚れて欲しいと思います。