彼の雲のやうに
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活力?精力?

なんつーか最近は自分の力の源を再確認することが増えてきたけど、それがいいことなのがどうなのかは微妙で…。

昔は赤が嫌いで、体育のときに被る赤白帽子は必ず白。なんか赤は血の色で地獄を連想してしまうから嫌いだった。

ところがここ数年で身の回りや身に付けるものに赤が多くなってきた。シャツやカバン、携帯電話まで赤だし靴も赤。眼鏡もだ。これは昔の俺には考えられない。

でも今でも赤は血の色だと思う。だけど連想するものが変わった。昔は地獄だったけど、今は炎を連想している。燃える色。それが赤。

そう、最近は学生時代に比べて燃えることが多くなった。もちろん部活でやっていたバスケットボールでは年中暑苦しく燃えていたけども、プライベートでは冷めた日常を過ごしていたからこれは環境の変化に依るところが大きいだろう。

燃えると書いてるけれど、それは感情で言う「怒り」だ。仕事やプライベート、主に人間性に対する怒りが表に出やすくなった。昔はそこを隠してヘラヘラしていたが、それでは現状維持にはなれども好転することはないことに気づいたせいかもしれない。

もちろん怒りなんて感情が良いものだとは思わない。むしろ相手にも自分にも不愉快な気分を提供してしまう悪いものだと思う。しかしそれでも怒りが噴出してくる。それを抑えるのは苦労する。抑えられなくなると爆発する。

自分の中には炎がある。常に燻っているが何かの拍子に燃え上がる。一度火がつけば止めることは出来ない。加速度的に火は炎となり燃え広がる。全身が熱くなり肌は高揚し頭からは煙が立ち上る。そして限界を越えて外に飛び出す。バックドラフトだ。

しかし大人というものは常に感情で動いていいものでもなく、仕事となればより強い理性で感情を抑制することばかり強要される。そんな中でのバックドラフトは文字通り煙たがられるだろう。そこで必要になるのは俗っぽい言い方をすると「アツいハート」と「クレバーさ」になる。激情でどんなに熱くなっても頭は冷ましていろ。そうしないと相手にしてもらうことができない。いくら価値のある発言をしようとも感情的になればなるほど周りの人はの温度差を感じて白けてしまうだろう。話し合いにはクレバーな物言いが不可欠だ。

前に怒りは悪いものだと言ったが、それでも最近は必要に思えてきた。それは自己表現としてかなり有効だと感じたからだ。あれだけクレバーと言ってきたが、実際に相手の反応を見ているとそれだけでは相手のハートが動かないことに気づいた。しかし怒りを通して話すと意外とすんなりと相手に伝わる。不思議だ。しかもこの手は女性に特に有効だ。別に俺がサディスティックだからじゃない。逆に男性にはやはりクレバーさが必要に思える。

怒りは炎となり、炎に力をもらう。いや、力の源が炎なんだ。自分の中に常に燃えている炎の扱いを考えていく段階が来ているんだろう。とりあえずたまには外に出してみるのもいいかと思う。熱く苦しいことは学んだから、これからは熱く激しいを学んでみるのも悪くないかもしれない。



以上、考察終了。

活力?精力?

なんつーか最近は自分の力の源を再確認することが増えてきたけど、それがいいことなのがどうなのかは微妙で…。

昔は赤が嫌いで、体育のときに被る赤白帽子は必ず白。なんか赤は血の色で地獄を連想してしまうから嫌いだった。

ところがここ数年で身の回りや身に付けるものに赤が多くなってきた。シャツやカバン、携帯電話まで赤だし靴も赤。眼鏡もだ。これは昔の俺には考えられない。

でも今でも赤は血の色だと思う。だけど連想するものが変わった。昔は地獄だったけど、今は炎を連想している。燃える色。それが赤。

そう、最近は学生時代に比べて燃えることが多くなった。もちろん部活でやっていたバスケットボールでは年中暑苦しく燃えていたけども、プライベートでは冷めた日常を過ごしていたからこれは環境の変化に依るところが大きいだろう。

燃えると書いてるけれど、それは感情で言う「怒り」だ。仕事やプライベート、主に人間性に対する怒りが表に出やすくなった。昔はそこを隠してヘラヘラしていたが、それでは現状維持にはなれども好転することはないことに気づいたせいかもしれない。

もちろん怒りなんて感情が良いものだとは思わない。むしろ相手にも自分にも不愉快な気分を提供してしまう悪いものだと思う。しかしそれでも怒りが噴出してくる。それを抑えるのは苦労する。抑えられなくなると爆発する。

自分の中には炎がある。常に燻っているが何かの拍子に燃え上がる。一度火がつけば止めることは出来ない。加速度的に火は炎となり燃え広がる。全身が熱くなり肌は高揚し頭からは煙が立ち上る。そして限界を越えて外に飛び出す。バックドラフトだ。

しかし大人というものは常に感情で動いていいものでもなく、仕事となればより強い理性で感情を抑制することばかり強要される。そんな中でのバックドラフトは文字通り煙たがられるだろう。そこで必要になるのは俗っぽい言い方をすると「アツいハート」と「クレバーさ」になる。激情でどんなに熱くなっても頭は冷ましていろ。そうしないと相手にしてもらうことができない。いくら価値のある発言をしようとも感情的になればなるほど周りの人はの温度差を感じて白けてしまうだろう。話し合いにはクレバーな物言いが不可欠だ。

前に怒りは悪いものだと言ったが、それでも最近は必要に思えてきた。それは自己表現としてかなり有効だと感じたからだ。あれだけクレバーと言ってきたが、実際に相手の反応を見ているとそれだけでは相手のハートが動かないことに気づいた。しかし怒りを通して話すと意外とすんなりと相手に伝わる。不思議だ。しかもこの手は女性に特に有効だ。別に俺がサディスティックだからじゃない。逆に男性にはやはりクレバーさが必要に思える。

怒りは炎となり、炎に力をもらう。いや、力の源が炎なんだ。自分の中に常に燃えている炎の扱いを考えていく段階が来ているんだろう。とりあえずたまには外に出してみるのもいいかと思う。熱く苦しいことは学んだから、これからは熱く激しいを学んでみるのも悪くないかもしれない。



以上、考察終了。

欲求を満たすのか減らすのか

誰にでも眠れない夜なんてのがあるようです


寝たいのに寝られない


眠りたいのに眠れない


それは苦痛で、寝られないならば早く朝になれと願うでしょう


病気かストレスか分かりませんが大変なことです












でも今の俺はちと違うくて


なんだかとっても寝たくない


前職を9月末で辞めて、次の仕事の開始の10月6日までのあいだ、ほとんど寝てない


なにをするわけじゃないけど単にネットをしてたり今日みたいに終電のがしてぶらつきオールしたり


考えることが好きな俺が何も考えずに無心で行動してる


もしかしてその時間がすごく大切で得難いものだということを身体が知っているのかもしれないな







今日は日曜日


明日は新しい門出だ


さすがに今日は寝なくちゃな


考えて生きる日々に溶けていこう


脳は休んでくれたかな


せめてもう少しリフレッシュさせてやろうかね