プロ野球の試合前のノック中、
くも膜下出血で倒れた巨人の木村拓也内野守備走塁コーチが、今日午前3時ごろに亡くなった。
37歳。働き盛り。余りにも若すぎる。
原監督の号泣のインタビューを見ていたら、本当に愛されていたんだなぁってキュンときた。
幸せな最後だったと思う。
愛する同僚やファン、何よりも好きな野球中に。
悔いはあるかもしれないけど、理想かもしれない。
いかに寿命を全うするか・・・
ふと最近思う。もちろんその寿命は誰にもわからない。
いつ事故に遭うかもしれない。
言えるのは、今を生きる。
今を大切にする。
今を丁寧を重ねていく。
死を想う事で今ある生について考えるようになる。
最近オーラの泉の江原さんのインタビュー形式の本を読んでいて、はっとする事が多い。
先日、衝撃的だった内容、目に飛び込んできたものをここに少し書いておこうと思う。
確かこんな内容だった。
『自殺はよくない。
この世は魂を磨く学校みたいなもの。
そこから逃げても、結局、またここに送り戻される、或いは肉体のないまま同じ試練を与えられる。
だったら肉体のある時の方が楽です。変更可能なのだから。
同じ試練だったら、一回で突破した方がいいでしょう。
障害のある人を「かわいそうに」というのは傲慢。
生まれてくる時に、みなそれを背負えるだけの魂の強さがあると託され、まかされている。
五体満足で何不自由ないのは、まだ幼いって見方がスピリチュアルの視点ではできる。
ホームレスは偉いと思いますよ。しがみついてでも生きる。
大成しなくてもいいんです。
とにかく生きながらえて、生をまっとうすれば、短命であろうが試練は越えた事になる。
生きてればそれでいい。
どんなに苦しくて辛くても、絶望で空っぽになって虚しくても、
命ある限り、這いつくばってでも、生きる。
命を自分で断つのだけは絶対にいけない。 』
自分はこれを読んですーっと楽になりました。
物質中心的価値観の日本にあって、物事をすべて比較判断しがちだけども、みなそれぞれの課題があるのだ。
まぁ、そんな事を学びつつ、季節は春なのです。
最近は『丁寧に生きる』をすごく意識させられます。
デジタルの時代。
一発で削除できたり、多くの情報が得られる。
心まで殺伐となって、スパッと感情のないやり取りが交わされる。
本当はもう一度、
手紙文化に戻るべきなんじゃないかと思う。
携帯なんてなくなればいいのに(笑)
もう一度テレカを買ってイチイチ電話しにいく。
どうしても伝えたい事は手紙に書く。失敗して書き直す。
そこには心があったし、本当は逆に『豊か』だったのではないかと思う。
便利が豊かとは限らないし、幸せとは限らない。
そういう価値観。
いいじゃない?
まぁ、現実問題、無理なんだろうけど(笑)
もっと一つ一つの事に、丁寧に関わりたいですね。
今日は平日休みだけども、雨。。。
ゆっくり自分の根っ子を見つめてみたいと思います。
