なぜフランスは芸術大国になったのか? | Story=Art × Logic

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ちょっと堅い話ですが、

 

アートの歴史を振り返ると、

ギリシャ・ローマあたりに大きな芸術が開花するタイミングがあり、

その後、ルネッサンスが開花し、

文化の中心地がフランスへと移行していきました。

 

フランスが芸術の、文化の中心地に移行していった背景には、

どのような理由があるのでしょうか?

 

 

■イギリスよりもフランスだった理由(横の考え方)

 

こういう場合、他の国との比較を考えてみると良いと言われます。

つまり、

 

「なぜ当時最大の文明先進国だったイギリスではなかったのか?」

 

という点です。

当時のイギリス・ロンドンは、ヨーロッパ最大の人口を誇る都市であり、

産業革命がもっとも早く起こった場所でした。

 

しかし、芸術の面で特筆すべき人はあまりいません。

(ウィリアム・ターナーやクロードロランなどがいましたが)

 

では、イギリスよりもフランスで文化が花開き、

花の都・パリになったのはなぜでしょうか?

 

それは、

 

「フランスがカトリックだったから」

 

です。

 

それ以前に文化が花開いていたのは、

ヴァチカンを擁するイタリア。

そして、喧々諤々の議論好きのフィレンチェ人たち。

いつの世も、お金が集まるところに、芸術がわかる人たちが集まります。

 

当時、カトリックは莫大な権力とお金を持っていました。

当然、一流の芸術を見抜ける審美眼を持った人々もこの場所におおく集まっていた。

 

このように、カトリックと芸術文化は切っても切れない仲だったのです。

 

フランスは、イタリアの芸術を模範として、

イタリアに芸術家として派遣されたりして、

美の基準を芸術大国イタリアから学んでいったのです。

 

その結果、ニコラ・プッサンを規範とする

 

「フランスの保守的な芸術界」

 

が構築されていきました。

 

この「サロン」を頂点とする機構は、その後19世紀半ばまで、

世界中の芸術家たちにとって切っても切り離せない

「芸術の頂点」

だったのです。

 

フランスの文化的な伝統は、

19世紀末には、パリ改造やエッフェル塔の建設などにより、

 

「ベル・エポック」(良き時代)

 

として、世界の文化の中心となっていきました。

 

 

 

 

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