先日、肺がんで亡くなられた俳優でタレントの愛川欽也さん
奥さま、うつみ宮土理さんのコメント等↓見て
思った在宅医療について今日は綴りたいと思います
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「病院へ行く、入院させるという考えが頭にチラとも浮かばなかった。当たり前だからです。病院になんて浮かんだこともありません。愛川の意志は何も聞いてない。愛川がうちが好きなことが知っているからです」と入院という選択肢は一切なかったことを明かした。
「うちが好きなのを知っているから、うちに来てくれるお医者さんと頑張りました」と最後まで2人で過ごしていたという。
報道陣から、病気を良くする選択肢として「入院」の選択肢を選ばなかった理由を聞かれると「病院へ行ったら治るんですか?」声を荒げる場面も。
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わたしの個人的な経験と考えとして聞いていただけたらありがたいです
わたしは、うつみ宮土理さんの考え方と全く一緒でした
父が悪性胸膜中皮腫という癌になり
その当時、治療法も今ほどなく
積極的治療はありませんでした
家族の死生観は、常々語り合っていたので
残された時間、どう過ごすかはすぐ決まりました
パフォーマンスでやってくれる抗がん剤治療はやらない
残された毎日を精一杯過ごす
QOLを保つためにできることはなんでも探してやる
余命半年
その宣告は本当に酷でした
でも、そのお蔭で一瞬たりとも無駄にしない
やれることは今すぐ
言えることも今すぐ
全部、今がすべてという気持ちで
愛と感謝に溢れた有意義な時間を過ごせました
新聞を持って行くだけで「ありがとう」
ご飯を作るだけで「ありがとう」
手をつないで歩くだけで「ありがとう」
今までだったら当たり前のことにいちいち「ありがとう」
今までだったら恥ずかしくてできなかったことへも「ありがとう」
父は小さな日々のひとつひとつに「ありがとう」と
死ぬまでに伝えたい思いを込めているのがはっきりわかりました
病気をしたら⇒病院に入院する
最期=病院で死ぬ
病気は=病気を良くすること
どれも↑そうではくてはいけませんか~?
入院しなくてもお家で治療できます
協力してくれるところはあります
病気は良くなったらいいけど、死は誰にでも来るもので
死を早めるような積極的な治療をせずに
穏やかに、なだらかに老いて死んでいくこともいいと思います
肺の病の場合
医師と帝人さんがちゃんとバックアップしてくれて、父は死ぬ1か月前まで旅先の宿に
機械を手配してでかけることもできました
http://medical.teijin-pharma.co.jp/zaitaku/support/03/index.html
在宅医療は大変と思われる方が多い&何もしない=患者がかわいそう
そういうイメージなんでしょうか
報道陣からの『病気を良くする選択肢として「入院」の選択肢を選ばなかったのか?』
という聞き方から感じられます
本人だって慣れ親しんだお家がいいと思うし
入院しなくても治療はちゃんとできますし
家族も病院に通わずにそばでいつも見ていられる
我が家はいいこと尽くしだと思いました
うつみ宮土理さんもきっと同じ思いだったと思います
大切な人が望むこと
聞かなくてもわかるから聞かずにやってあげられただけのこと
もし、キンキンはほんとは、病院に行きたかったけど、何も言わなかったのなら
それは、ケロンパの思いに応えたいと
思っただけのこと(お家が良かったんだと思いますよ、絶対に)
そこには、ただ二人の愛があっただけ
父が亡くなる当日
まさか今日がその日になるとは知らず
父と母のベットを二つくっつけて
三人で川の字に寝て
「ありがとうね」とお礼を言えたり
素晴らしく、ありがたい時間でした
そんな最期を迎えるお手伝いをしてくださる
在宅医療をサポートしてくださる
素晴らしい看護師さんがいらっしゃいます
医師もいます
いくらでもご希望があればおつなぎしますのでご連絡くださいね
ひとりで悩まれないで、ちょっと勇気を出していただければ
経験した者ならわかる、お手伝いできることが
あるかもしれないので
祖父もの在宅での看取りも
ある医師となキセキのご縁に恵まれました
その方々とのキセキの出会いについても
またいつか綴りたいと思います
明日もみなさまにとって
輝くSpecialな日になりますように