夏も中盤に差し掛かる頃、私の就職活動が終わった。3年弱にも及ぶ長い活動だった。2023年、国内で一番の私立大学を卒業したが、内定はなかった。公務員を目指し、試験を受けたが、結局希望する官庁は首を縦に振らなかった。その間、周りは外資系やら5大商社やらの高給取りになり、小綺麗なところで遊ぶようになった。アルバイトで小遣いを得ていた私は財布と相談する機会が増えた。
3年かけて自己分析なるものを行っていたが、いまだに自分が何者なのか理解できていない。何に喜びを覚え、何に重きを置き、何を目指していたのか。考えるたびに新たな疑問が生まれ、元の疑問は疑問のまま残されていった。夜はなかなか寝付けなった。電気を消した途端不安に襲われた。いっそ天変地異でも起きて死んでしまいたい、そんな大それたことを夢前に考えたりもしたが、次の日には忘れていた。
8月、内定をもらえた時は正直少し心が躍った。この社会で自分が生きることを許された気分だった。その日からまた外の世界に目を向けることができた。家で机に向かっていた時間や、スーツを着ていた時間が自由になった。3年ぶりに一日を長く感じる。かくして暇になった。以前はいろんな趣味をしていた自分が別人に思えた。
近所を歩いてみた。5分で汗だくだった。坂がちな道は弱った肺に堪えた。蝉の声が頭に響く。平日の真昼間に私服で散歩をしている自分を責めているのかと思った。気づいたら目下のアスファルトを見ていた。綺麗に舗装されていてひび割れもなさそうだった。そのまま足を進めると、一線はさんで歪になった。先ほどまで美しく、上品さまではらんでいた道は突如として汚く、でこぼこしたものになった。たった一線をこえただけであった。幾ばくか恐怖を覚えた。しかし私はそれを見て見ぬふりしてはいけない気がした。何度もその道を往復した。すると、最初は歪に見えた道が様々な模様に見え始めた。往復が十数回にも上るころにはそれが洗練され、長い時間を生えぬいた味のように思えてならなかった。綺麗な方には全く魅力を感じなくなった。何かに納得し、帰路につくことにした。私の足はあの逞しいアスファルトの感触だけを克明に覚えていた。その夜は安心して深い眠りについた。