糸魚川市で野球少年だった水島樹人くん。イチロー選手に憧れ、プロ野球選手になることが夢だったそうです。そして、サッカーJリーグのアルビレックス新潟のように、新潟県にプロ野球チームができることも願っていたそうです。
2006年7月9日、糸魚川市美山球場で行われていた大会の試合前、樹人くんはランニング中に突然倒れ、急性心不全で亡くなりました。小学4年生、9歳でした。
当時、球場にはAED(自動体外式除細動器)がなく、もしAEDがあったら・・・。
同じく2006年、新潟県から独立BCリーグの構想が発表され、各県に呼びかけていました。その代表のもとへ樹人くんのお母さん・正江さんからの手紙が届き、リーグ創設とAED普及の思いを一層強くされたそうです。
正江さんは試合会場へ足を運び、新潟アルビレックスBCの応援を一生懸命していたそうです。私はお会いしたことがなくて残念です。
2012年、正江さんは肺炎から不整脈を併発し長期入院。一時は試合観戦できるほど回復したそうですが、2013年12月、突然自宅で倒れ48歳で天国へ旅立たれました。
昨日アルビレックスBCの皆さんは、樹人くんと正江さん2人の想いを胸に、美山球場で試合に臨みました。
そして、見事大勝16-1
ホームラン3本
樹人くんが亡くなったときにつけていた背番号⑩は、アルビレックスBCでは永久欠番になっています。
野球以外でも様々なスポーツ、スポーツ以外でも日々の生活で、いざというときにAEDは絶対必要だと思います。
昨日の試合前には、佐々木投手・山口投手・羽豆投手の渾身の演技でAEDの使い方をデモンストレーション。
AEDが当たり前にどこにでも置いてあって、誰もが使えるようにならないと。このBCリーグの活動はとっても大切だと思います。
樹人くんが生きていたら、今年高校3年生。県内のどこかの高校野球部員として甲子園目指して白球を追いかけていたことでしょう。
新潟県は明日でベスト8が出揃います。
私の母校、長岡大手高校の今年の夏は今日終わりました
私が3年生だったときは、ベスト8。準々決勝で夢破れました。
当時ベンチでスコアを書いていた私。延長12回、センター前にポトリと落ちたサヨナラヒットは今でも鮮明に覚えています。でも、私は最後まで精一杯夢を追いかけることができました。
樹人くんのような悲劇が二度と起こりませんように