この前のゴロウ・デラックスに

漫画家のヤマザキマリ先生が出ていた。

今はiPadで漫画を描くのが主流らしい。

データでやり取りするからアシスタントと

一緒に描くということもない。

スクリーントーンや紙も必要ないし、

締切30秒前に送信すればよいので

非常に便利とのこと。

 

 

確かに最近文房具屋でスクリーントーンを

見かけなくなった気がする…。

小学生の頃、買ってたな。

丸ペンやらGペンやら羽ペンやら。

別に漫画家を目指していたわけではなく

趣味で。

 

 

そういえば小6の夏休みに自由研究で

漫画家を目指していた友達と一緒に

クラスメイト全員が出てくる漫画を描いた。

途中までは楽しかったのだが

その友達がなんらかの話題の時に

爆笑のあまり手を滑らせインクをぶちまけた。

 

 

テーブルと私のお気に入りのひまわりの

カーペットに黒いシミが広がっていく。

でもその友達は笑い続けていて

謝ってはくれなかった。

 

 

一瞬にして楽しい気持ちが消え去ったのを

覚えている。

ひとこと「ごめん」と言ってくれたなら。

でも空気を悪くしたくなくて苦笑いするしか

なかった当時の自分。

無事漫画は描き終え、苦手な自由研究は終了した。

 

 

この時描いた漫画は今どこにあるんだろう。

小4の時、元々嫌いだった学校が、

大嫌いになった時期がある。

給食を食べるグループの班長の

6年生の女が意地悪で怖かったからだ。

 

 

私の通っていた学校は給食はクラスで

食べるのではなく、縦割り班という

1年生から6年生まで一人ずつで構成された

グループで食べるのだ。

上級生が下級生の面倒を見ることが

強制されるばかばかしい制度だった。

 

 

私は給食が苦手だった。

残さずに全部食べる、ということができない。

そんなに食欲旺盛な方ではなかったし、

食べろとプレッシャーをかけられるほど

食べられなくなる体質なのだ。

幼稚園の頃からずっと…。

 

 

縦割り班では残飯の後片付けは班長の6年生が行う。

残す私が気に食わなかったのだろう。

班長の女は私に冷たく当たった。

同じ班の5年生の男子が時々かばってくれたけど、

最終的には長いものに巻かれていたように思う。

 

 

そんなこんなで私は給食の時間が

たまらなく嫌になり、学校そのものに行きたくなくなった。

なのである日、校門まで登校したものの

どうしても教室に入る気が起こらず

そのまま家に帰った。

 

 

母は驚いていたけど、とりあえず玄関で靴を脱ぎ、

家に入ろうとしたとき…

担任の先生が登場したびっくり

これには私も母もびっくりである。

先生は車でうちまできたのだ。

 

 

なぜこんなに早くばれたのか?

どうやら朝なのに下校していく私の不審な姿を

教室の窓から見ていたクラスメイトが密告したらしい。

余計なお世話だ。

 

 

しかしこの先生は水泳の時と同じように、

全く私を叱らなかった。

学校に戻ろうと微笑みかけられるがままに、

私は先生の車に乗った。

車の中でも先生はずっと私に笑いかけてくれていた。

全然関係のない話をしながら。

 

 

この先生は本当に素晴らしかった。

給食のことを話すと、私が縦割り班で

食べなくてもいいように対応してくれた。

友達3人とひとりずつ、毎日日替わりで

空いた教室で給食を食べるように取り計らってくれた。

私が少しでも軽い気持ちで登校できるように。

 

 

我慢する必要のないことはしなくていいし、

逃げてもいいということを教えてくれた。

ルールの厳しい田舎の学校で唯一、

柔軟に、臨機応変に仕事をしていた大人だった。

私は今でもこの先生のことが大好きだし、

尊敬してる。

夏になると学校ではプールの授業が始まるが、

私は学校のプールが嫌いだった。

10分という短い休み時間に慌ただしく着替えるのが

苦手だったし、泳げなかったから。

 

 

そもそも小学1・2年生の頃は体も弱く、

プールに入っても凍えてしまい青い唇に…

結果プールサイドで太陽を浴び、暖をとるしまつ。

そういう人どのクラスにもいたよね。

幼稚園の頃は海に入るのも怖くて

ずっと砂浜にいて水着が焦げた。

 

 

学校以外のレジャープールは好きだったので

夏休みの間は毎日のように

運動公園のプールで遊んでいたが、浮き輪が相棒だった。

こんなんで泳げるようになるわけがないのである。

 

 

そうして泳げないまま小学4年生になった。

相変わらず水泳の授業は休んでいた。

同じような男子生徒がいて、よく一緒にサボっていた。

しかしある日、担任と教室にふたりきりでいたとき

「泳げないから休んでいるの?」と聞かれた。

バレた真顔

 

 

しかし先生は全く怒ることなく、

先生も中学まで泳げなかったよ!

だから全然気にすることないよ!と

優しくフォローしてくれた。

 

 

さすがに嘘をつき続ける訳にはいかず、

私はプールの授業に参加するようになった。

5年生になると、おせっかいな友達が、

夏休みにも泳ぎを教えてくれた。

おかげでバタ足ができるようになった。

 

 

私の通っていた学校では、5・6年生は

水泳記録会というものがあり

皆の前で泳がなくてはならない。

私はバタ足で6mくらいの記録だったと思う。

それでも泳げたことが嬉しかった。

 

 

4年生の時に一緒にサボっていた男子は

その後もサボり続けていたのだろう。

彼が記録会当日、

「泳げないんですけどどうすればいいですか?」

と先生に聞いていたのを見かけた。

 

 

6年生になると、クロールで30mくらい

泳げるようになった。

フォームはひどいものだけど。

 

 

あの日、先生にバレて本当によかったなと思う。