■はじめに

古典戯曲を読み返して、そのドラマ作品に潜む人間の「情念」を探ってみようというこの企画。

まずは西洋のギリシア悲劇から始めて、近代劇、現代劇。そして日本の劇についても触れていけたらな……と思っています。

 

■今回の作品は?

今回の戯曲は、一気にギリシア悲劇から飛んで、

アメリカ演劇から

テネシー・ウィリアムズの名作「ガラスの動物園」です。

 

私は実はこの作品が大好きで何度も読んだり、観劇したしています。一番印象に残っているのは静岡芸術劇場で観た演出のものでした。

 

↓参照↓

http://spac.or.jp/critique/?p=425

 

■簡単な作品の概要

登場人物は母親のアマンダ、その娘のローラ、息子のトム、紳士のジムの4人。

 

2部構成7場で展開されます。

《第1部》

1 事情の説明とインパクトのある母の登場。

母に支配されている、娘と息子の構図の提示。

2 ローラの嘘。責め立てる母。

ローラもまた過去にしがみついて生きていた。

3 ローラの嘘が発覚した後、母親は青年紳士来訪の妄想に執着を強めていた。

そんな時、トムが家を出たいという、が……。

4夜。結局家に帰って来るトム。ローラと話す。そして翌朝、トムが謝るも、母は聞いてない。ローラのために計画を練り続ける……

5 青年紳士をトムが連れてくることに。明日の夕食に来る。動揺する母親。果たして。

―――

《第2部》

6 ジムを連れて来るトム。アマンダとローラ。ジムはなんとローラの憧れの人だった。

トムはジムに家を出ることを教える。

アマンダだけが会食を楽しみにしている。

そして食事が始まった。

7 ジムとローラ。昔の話になり、一瞬ひかれあうローラとジム。しかしユニコーンの角が折れるとともにローラの憧れの幻想も打ち砕かれる。

何も知らない母親。崩壊する現実。そしてトムは母を、姉を捨て、街を出るのだった。

 

■どのような情念が感じられるか?

未来に希望が持てない現実を幻想にしがみついて生きている人物たち。幻想が壊れる時、突き付けられる現実に耐えきれず、あるものは去り、あるものはより逃避する。

アマンダのエゴ。ローラの傷心。トムの反抗。彼らには光は見えないのだ。

 

■今回の戯曲から探る作劇の法則

人物造形の深さ。

特に母親の人物造形。

また、

台詞の裏を感じさせる状況のもっていき方。