戯曲の話「供養する女たち」

アイスキュロス・作

 

■はじめに

古典戯曲を読み返して、そのドラマ作品に潜む人間の「情念」を探ってみようというこの企画。

まずは西洋のギリシャ悲劇から始めて、近代劇、現代劇。そして日本の劇についても触れていけたらな……と思っています。(*゚ー゚)ゞ

 

■今回の作品は?

「オレステイア」3部作の第2部「供養する女たち」(アイスキュロス・作)です。

 

■作品の簡単な概要

アガメムノーンの殺害から数年後。クリュタイムネストラとアイギストスの手に権力はあった。王女エレクトラは不遇を強いられ、みじめな生活を送っていた。

亡き父の墓場でエレクトラは成長した弟のオレステースと再会する。

そこでエレクトラは父の仇討ちをオレステースに願い出る。

そして、オレステースは正義と復讐のために行動に出る。

クライマックスは母と息子の激しいやり取り。

結果として、復讐は果たされるが、オレステースは復讐者の呪いに縛られる結果となる。

そこで第3部へと続く……幕切れである。

果たして、オレステースに許しは訪れるのか。

(第3部「慈しみの女神たち」の展開も気になるところ。)

 

■どのような情念が感じられるか?

この戯曲は、

前半のオレステースとエレクトラの子供たちによる復讐の計略の部分と、

後半の復讐の鬼と化したオレステースがクリュタイムネストラを追い詰める場面の

2つに大きく分けられる。

そして復讐はなされ、オレステースは母の呪いを受けることになる……。

「復讐・呪い・狂気」という3点がこの作品を貫く情念と言えるでしょう。

 

■今回の戯曲から探る作劇の法則

クライマックスのオレステース復讐の場面を舞台上では「見せない」というやり方。

見せないことで、観客の想像力を掻き立て、「果たしてどうなるのだろう?」という劇的緊張感を生みだしている。