マドレボニータの「インストラクターの行動哲学」には、
【呼称問題】という言葉が出てきます。
なんと呼ぶのか、呼ばれたいのか、それはなぜか。
例えば産後ケア教室の参加者さんを「ママさん」と呼んでしまうと、
ここでは「ママ」という存在として振る舞おうというマインドセットが無意識にうまれてしまうので
やめましょう、
ということがあります。
そう、1年半前に、私自身が産後ケア教室に参加したとき、自然にいいなと思ったのが、
●「ここで呼ばれたい名前」を考えて、名札に書いたこと
●ここでは赤ちゃんの名前は紹介しないでいい、と言われたこと
ことでした。
今呼ばれたい名前を考えることで、今の自分の状況とか、立ち位置を見つめなおすきっかけになるし、
あえて赤ちゃんの名前を紹介しないことで、今日は「私のために、教室に参加している」という意識を持つことができたからです。
その裏には、呼称問題として、マドレの中で時間をかけて議論され、
行動哲学として言語化されたということがあったのですね。
呼称を大事にしたいという気持ちは前から私も持っていて、
結婚して2年くらいモヤモヤとしていた「配偶者をなんと呼ぶか問題」を
3年前に【夫】と統一して、すっきりしました。
それから、わが家は子どもは両親のことを名前で呼びます。
パパ・ママではなく、ずっと私は「あっちゃん」、夫は「のりくん」と呼ばれています。
時々驚かれるのですが、
これは夫の方針で、
息子には最初から「のりくん(自分のこと)はパパじゃない。パパは役割のひとつ」ということを言い聞かせていたので、
自然にそうなってきました。
いまおしゃべりを覚え始めた娘もそうなるかと思います。
マドレのインストラクターとして、
呼称問題を、引き続き大事なこととして扱っていけるのがとてもうれしいです。
インストラクターの行動哲学について、他にも書いた2つの記事を以下に紹介します。
●迷ったときに立ち戻るところ ~インストラクターの行動哲学~
●いい人ぶる癖を、やめること ~インストラクターの行動哲学~
今日も読んでいただきありがとうございました!