スカーフェイス。「疵―花形敬とその時代」
ここ数年本田靖春の本を読んでみたいという気持ちはあったのだけど、なぜか手を出してはいなかった。どういう経歴かはなんとなく知っていたけど、2年位前だったかTBSのR30という番組が頭にのこっている。その中の「突破者」の宮崎学が進行をするコーナーで氏が紹介されていたんだ。印象深かったのが『ジャーナリストは自分の中に秤を持て』という言葉。
“ジャーナリストの秤”とはリベラルな考えを持ち、世の中が右に寄ったら左に調整するようにバランスをとるということだそう。当然、左に寄ったら右に調整するのね。広い視野で全体を見ること、バランス感覚を持つことは、何にでも必要ですよね。
今年発行の「ダ・ヴィンチ」か「ブルータス」の本特集だったか、この本が紹介されていたのだ。今回は本田靖春「疵—花形敬とその時代」。戦後渋谷で愚連隊から興ったヤ○ザの話である。ちょっと待って!!ヤ○ザの話だからって引かないでね。なぜ著者がこのテーマを選んだのかという点に興味が湧いたんだ。何を描きたかったのかという点も。そして、花形敬もR30の宮崎コーナーで紹介されていたことがあるのだ。めったに見ないR30なのに、偶然両方とも見たんだよね。
花形はスカーフェイス。素手喧嘩が大変強かったらしい。本田は読売新聞社会部のエース記者。そもそもこの二人に接点がある。昭和8年生まれの本田は、戦後朝鮮の京城(現在のソウル)から引き揚げて来たそう。苦労の末上京、転入したのが千歳中学校。旧制中学校のため5年制。本田が2年、その兄が4年に転入した。当時花形はこの千歳中学の4年だった。兄と花形に面識はなかったらしいが。
闇市がないと生活が出来ない時代—ヤミというくらいで違法ですね—。一般の人々も法を守っているだけでは生活が出来ないのである。本田兄も賭け麻雀にはまって、組関係の人間と付き合うくらいはしていたようだし、その賭け麻雀に誘った者は暴力団の世界に行ってしまったらしい。一般人とアウトローの境界が非常に近い時代だったのだろう。境界を彷徨いながらも踏み止まった若者が多い中、何故花形は向こう側へと行ってしまったのか。そして“戦後”という時代と渋谷、新宿、銀座など、舞台となる街についてのノンフィクション。色川武大の解説も端的で、この時代と雰囲気がわかりやすいです。
最後は組長代理に押し上げられ、2人の人間に刺されて33歳で生涯を終える。あまり組織とか組とかは気にせず、遊びか趣味のように喧嘩をしていて、酒癖が悪かった花形。だが、組長代理になると人が変わったように、下げたことがない頭を旦那集に下げ、酒で暴れたりもしなくなる。これを元気がなくなったと見る向きもあるかもしれない。これまでは気ままな下の立場だから許されていたことで、今度は下に気ままにさせるために上の者には許されない“役回り”という奴である。それまではわかっていて確信犯的に暴れいたのではないかと思う。頭が良い人で、実は繊細さも持ち合わせていた人らしい。そうであれば周りもよく見えていただろうし、その時許されることを最大享受し、役回りが変わればきちっと演じてみせたのだ。これも組織に必要なバランス感覚だったのかも。
R30では写真が数カット映っていました。本田さんが万年筆を持っていた写真があり、モンブランの146に似た形状。国産の万年筆にも似た物が多いのでわからないですけど、机にはパイロットのボトルインクの箱が。パイロットのペンだったのでしょうか?
“ジャーナリストの秤”とはリベラルな考えを持ち、世の中が右に寄ったら左に調整するようにバランスをとるということだそう。当然、左に寄ったら右に調整するのね。広い視野で全体を見ること、バランス感覚を持つことは、何にでも必要ですよね。
今年発行の「ダ・ヴィンチ」か「ブルータス」の本特集だったか、この本が紹介されていたのだ。今回は本田靖春「疵—花形敬とその時代」。戦後渋谷で愚連隊から興ったヤ○ザの話である。ちょっと待って!!ヤ○ザの話だからって引かないでね。なぜ著者がこのテーマを選んだのかという点に興味が湧いたんだ。何を描きたかったのかという点も。そして、花形敬もR30の宮崎コーナーで紹介されていたことがあるのだ。めったに見ないR30なのに、偶然両方とも見たんだよね。
花形はスカーフェイス。素手喧嘩が大変強かったらしい。本田は読売新聞社会部のエース記者。そもそもこの二人に接点がある。昭和8年生まれの本田は、戦後朝鮮の京城(現在のソウル)から引き揚げて来たそう。苦労の末上京、転入したのが千歳中学校。旧制中学校のため5年制。本田が2年、その兄が4年に転入した。当時花形はこの千歳中学の4年だった。兄と花形に面識はなかったらしいが。
闇市がないと生活が出来ない時代—ヤミというくらいで違法ですね—。一般の人々も法を守っているだけでは生活が出来ないのである。本田兄も賭け麻雀にはまって、組関係の人間と付き合うくらいはしていたようだし、その賭け麻雀に誘った者は暴力団の世界に行ってしまったらしい。一般人とアウトローの境界が非常に近い時代だったのだろう。境界を彷徨いながらも踏み止まった若者が多い中、何故花形は向こう側へと行ってしまったのか。そして“戦後”という時代と渋谷、新宿、銀座など、舞台となる街についてのノンフィクション。色川武大の解説も端的で、この時代と雰囲気がわかりやすいです。
最後は組長代理に押し上げられ、2人の人間に刺されて33歳で生涯を終える。あまり組織とか組とかは気にせず、遊びか趣味のように喧嘩をしていて、酒癖が悪かった花形。だが、組長代理になると人が変わったように、下げたことがない頭を旦那集に下げ、酒で暴れたりもしなくなる。これを元気がなくなったと見る向きもあるかもしれない。これまでは気ままな下の立場だから許されていたことで、今度は下に気ままにさせるために上の者には許されない“役回り”という奴である。それまではわかっていて確信犯的に暴れいたのではないかと思う。頭が良い人で、実は繊細さも持ち合わせていた人らしい。そうであれば周りもよく見えていただろうし、その時許されることを最大享受し、役回りが変わればきちっと演じてみせたのだ。これも組織に必要なバランス感覚だったのかも。
R30では写真が数カット映っていました。本田さんが万年筆を持っていた写真があり、モンブランの146に似た形状。国産の万年筆にも似た物が多いのでわからないですけど、机にはパイロットのボトルインクの箱が。パイロットのペンだったのでしょうか?
