テクニックで奇跡を起こすのがマニピュレーション。
 かつてはヨーロッパの人々がマニピュレーションの分野でのスターでした。
 近年はアジア圏からの進出が目立っています。

 韓国の若者が徴兵の前に世界大会で一旗揚げるのを狙う、とか、日本の大学生が在学中だけステージに立つ、とか、そういう短期集中的な状況で使われて、そこに時折現れる「才能がある者」を見て、「テクニックならかなわない」みたいな話になるのですが・・・

 ちょっと疑問があるのです。

 演技者の「才能」と「練習量」は、正当に評価するべきポイントでしょう。
 しかしそこ「だけ」を語るのは、マジックとしては重要なポイントが欠けています。
 今までに知られているテクニックだから「上手い」と思える訳で、マジックのテクニックが完全に目的を果たしたなら、そもそも「上手い」という評価にはなりません。
「え?どうなってるの?」とか「そんな事ができるのか?」でしょう。
 目を凝らして見ていても、どこまでがテクニックなのかもわからず、適正に評価できるかどうか不安になるのが、理想的な「マジックのマニピュレーション・テクニック」だ、と思うのです。

 極論を言うなら、最も比較しづらい者こそがチャンピオンです。
 優れたマジックであれば、上手いなんて「安心して比較できた」ような評価をされるハズがありません。

 マニピュレーションという分野の面白さは、「人間の技が既存の限界を突破する」という所にあります。
 未知の成果を出すためにどんな事が行われたか。
 そういう視点で見ると、かなり違う見え方をするんじゃないでしょうか。そこに価値があるかぎり、マニピュレーションは永遠に研究しつづけられる分野だと思うのです。