阿部の語る言葉は重たく暗く響くが、私の心にすぅっと入ってきた。それは彼の抱える闇や、矛盾した気持ちや、焦燥感を自分も少なからず持っているからだろう。

きっとそんなものは誰もが持っていて、それと上手く付き合えるか、付き合えないかなのだ。彼はただそれと付き合うのが下手くそだっただけだ。

 

 「善悪も、正誤も、軸すら世の中にはない。その中で残るものは何だろうか」

 

この尾形の問いはこの物語の大きなテーマの一つであると思う。

誰ひとり正しくなどなく、誰ひとり間違ってなどいない。

ただ各々が定めた己の道を突き進んでゆくだけである。

そこには何も残るものなどないかもしれない。

それでも定めた道を行こうとするその姿は、善悪も、正誤も、時代さえも越えて、ただただ美しく存在するのである。

 

阿部十郎のもつ闇

 

「新撰組裏表録 地虫鳴く」文字通り新撰組の裏と表があまりスポットを当てられることのない隊士の目を通して語られている。

 

他の新撰組を描いた物語と違う点を挙げるとすれば、それは表と裏の裏に重点を置き、物語全体を通して重く暗い空気が流れている点であろう。

 

物語の語り手の一人、阿部十郎の持つ闇はどこまでも深く私は読み進めてゆくのが苦しくなる程だった。彼の持つ土方に対する、世の中に対する憎悪は物凄い。

だがそのすべてを完全に憎んでしまうこともできず、谷兄弟の様に何かにしがみつくことも出来ず、そんな自分を受け入れることも、自分の存在理由さえ見つけることが出来ない。

自分自身の事すら信じられない阿部の事を、

 

「ぬしの代わりにぬしのことを信じておるんじゃ」

 

と照らし続けた浅野。その彼の事すらも信じることが出来ない。

 

だが、浅野が除隊になった時は彼のために金を渡したり、御陵衛士に入れる様、伊藤一派に掛け合ったりと、決して真っ黒な人間では無いと思う。ただ、光に目を向けず闇ばかりを見つめていたから見えなくなっていただけだろう。

しかし、浅野の御陵衛士入隊が決まり、阿部がようやく光を見出そうと、人を信じようとした時、彼の事を照らし続けていた浅野が何者かによって殺されてしまう。

その後の何かが壊れてしまったかの様な阿部の姿は見ていてとても痛々しい。

 

「信じようとしたものを覆される、それが続く、ってのはどうなんだろうな」

 

「信じても容易に裏切られる。唯一救おうと決めた人間も救えなかった。もうなんの繋がりも残ってねぇんだ」

 

阿部のことを思って斉藤がふと尾形に漏らした言葉である。それに対して尾形はそれは違うと言い、こう続けた。

「現にこうして斉藤先生が案じておられる。それで十分繋がりがある。その方には見えないだけでしょう」と。

 

本当にそうなのだ。阿部の事を気にかけている人は彼が思っている以上にたくさんいる。浅野や斉藤、篠原や沖田、土方でさえ、この深い闇をもつ青年の事を案じている。

彼にはそれが見えていない、見ようとしていないだけなのだ。

その事に近藤を討つときに初めてやっと気づく。

心に受けた傷を黒く塗りつぶして、そうすることで自分を守ってきた彼がやっと自分と向き合う事が出来た。

その瞬間今まで見えていなかった事が一気に流れ込むように見え出す。

きっとその時、彼の心は色々なものを取戻し、同時に失ったものにも気付いたのだ。最後に新撰組と共に京で過ごした日々の事を語る彼の言葉に、かつての迷いや恐れは無い。

(つづく)