同窓会
中学生時代を思い出すのは、とても恥ずかしいことだ。思春期の様々が、普通に思い出せるようになるには時間がかかる。そして思い出しても恥ずかしくない年齢になった頃には、すっかり細かい事は忘れてしまっている。
数年ぶりに同窓会の通知をもらい、俺は地元へ帰った。数年前に知らせをもらった時には行く気なんてまったく浮かばなかった。今回、出席に丸をつけたのは、思春期を思い出しても恥ずかしくない年齢になったって証拠なのかもしれない。
東京でビデオ製作会社のAPをしていた俺は、ハンディのデジカムを持って地元へ帰った。別にドキュメンタリーを気取るつもりはないが、少しだけ、気になる事があったからだ。
同窓会の会場には、見覚えのある顔がチラホラ見受けられた。それでも十年以上会ってないと、誰だかはすぐにわからないものだ。俺は見覚えのある顔の一人に声をかけた。
「松岡、久しぶり」
「おお、来てたんだ」
松岡はインテリの風貌を保ったまま、予想通り頭髪を後退させていた。
「下山も、鍋島も来てるよ」
松岡と下山と鍋島と俺は、放課後の友達だった。学校の中であまり居場所がなかった俺たちが、気が休まるのは美術室だけだったから、自然と集まって自然と友達になった。十年ぶりの同窓会で、顔もおぼえていない人ゴミの中から、四人が抜け出すのは、まあ、自然の成り行きだった。
そして、呑んでて"あいつ"に会いに行こうって話になったんだ。
"あいつ"は俺たちと同じように学校に居場所がなくて、美術室で一緒に遊ぶ友達の一人だった。卒業の前の日に行方不明になって、それっきり。親が夜逃げしたとかなんとか。俺たちの中ではあいつは学校が嫌いだから、卒業式をサボったって話になってた。行方不明の顛末は知らない。
それで、思い出したんだ。卒業の年の冬、美術室で話した馬鹿話。
"あいつ"は言った。
「卒業してさ、十年後に学校が残ってたら、ここに集まって酒を交わそう、こんなくだらない所に三年間も閉じ込められてた恨みを晴らそうぜ」
俺たちは夜の学校に忍び込んで、美術準備室の扉を開けた。見覚えのあるトルソーや、資料用の複製画がぼんやりと青く光っていた。俺たちは"あいつ"の名を呼んだが、当然人の気配はなかった。持ち込んだ酒をちびちびとやりながら、俺たちは思い出を語り合った。俺はなんとなしにビデオを回して、三人のインタビューを撮った。酒も入っていたから、べらべらと喋り、持ってきたテープはすぐに終わった。
"あいつ"は結局朝まで現れなかった。俺たちは再会を約束して別れた。そして数日後、ビデオをダビングして送れとの電話を松岡から貰った。ビデオを観たばかりで、悄然としていた俺は、まだ観ていないから、編集して送るからと言って、電話を切った。
多分もう二度と見ない、松岡達にも送らないだろう。それでも俺はテープを巻き戻して、再生ボタンを押した。モニターに映った映像はざらついていて、暗い校舎の中でライトも点けずに撮ったから、顔の判別も難しい。しばらくすると、俺の声がカメラの後ろから聞こえた。
「夜の校舎に集まった三人に質問です。学校は好きですか嫌いですか?」
早送り
「嫌い嫌い、だいっ嫌い。何がって、授業が。毎日決まった時間に起きるのが苦手だったし、椅子に何時間も座っているのが苦痛だったから。あと、授業の内容が全然わからなかったから、頭悪いんだ。テストも放棄してたし。最後の頃なんて、昼過ぎに行って、美術室で絵を書いてるだけだったよ。一度だけヤンキーの、ほら、神田達と昼休みに抜け出して遊びに行ったけど、楽しくなかった。神田達は朝早くに学校に来てて、俺はやっぱり十一時くらいに行って、昼休みに出て行ったから、休んだのと同じだった。何度か改善しようとも思ったんだけど、だめ。学校行く途中に公園があってね、ベンチに座ると眠くなるの」
早送り
「好き、なのかなあ。休み時間は一人で文庫本読んだり寝たりしてた。一度さ、隣の席の女子が何読んでるの?って聞いてきたから読ませたら、それから話してくれなくなった。えーと、澁澤かな。部活は入ってたけど、文芸部。部室行ったら先輩の頭にいっぱいフケがあったから行くのやめた。あとテーブルトークだっけ、ゲームしてたから。美術室でさ、自意識満載のフリーペーパー作って、中野のトリオに置いたりしてたな。恥ずかしいなあ。授業は別に嫌いじゃなかったけど、体育は担当の教師が嫌いだったからボイコットしてた。三年間一度も出てないよ、授業も、体育祭も。でも数学と国語は出席率良かった、これ自慢ね」
早送り
「僕は、学校好きだったな。学校に行けば皆に会えたから。僕の家は学区のギリギリにあって、小学校の友達とは別の中学になってたから、学校に行かないと友達に会えなかったんだ。朝早く学校に行くと社会科の山崎先生が花に水をやっててね、よく話をした。山崎先生は、授業中にギターを弾いたり妹尾河童の本からコピーをとってプリントにしてた先生、変わった先生だったな。僕らが3年生になった時に地方に飛ばされたんだ確か。誰かが親に「受験の為にならない」と言ったって聞いた。もっと悪い噂も聞いたけど、話したくないよ。学校っていう空間が好きだったな、毎日行く場所があるってのは、気が楽になるよ」
早送り
「僕も大好きだったよ。だから親の都合で引っ越す時に、地元の中学校を卒業できないって聞いた時は本当に悲しかった。今思えば引っ越した先の中学校で卒業したって、同じ卒業なんだけどさ。その時は全然違うと思ったんだ。だから誰にも言わないで屋上に行った。月がすごくきれいで、その時さ、なんでか『もう同じ月は見れない』って思っちゃったんだ。涙が出てきてね、もうそうするしかなかったんだ。だから僕は、今でもこの校舎にいる」
了
数年ぶりに同窓会の通知をもらい、俺は地元へ帰った。数年前に知らせをもらった時には行く気なんてまったく浮かばなかった。今回、出席に丸をつけたのは、思春期を思い出しても恥ずかしくない年齢になったって証拠なのかもしれない。
東京でビデオ製作会社のAPをしていた俺は、ハンディのデジカムを持って地元へ帰った。別にドキュメンタリーを気取るつもりはないが、少しだけ、気になる事があったからだ。
同窓会の会場には、見覚えのある顔がチラホラ見受けられた。それでも十年以上会ってないと、誰だかはすぐにわからないものだ。俺は見覚えのある顔の一人に声をかけた。
「松岡、久しぶり」
「おお、来てたんだ」
松岡はインテリの風貌を保ったまま、予想通り頭髪を後退させていた。
「下山も、鍋島も来てるよ」
松岡と下山と鍋島と俺は、放課後の友達だった。学校の中であまり居場所がなかった俺たちが、気が休まるのは美術室だけだったから、自然と集まって自然と友達になった。十年ぶりの同窓会で、顔もおぼえていない人ゴミの中から、四人が抜け出すのは、まあ、自然の成り行きだった。
そして、呑んでて"あいつ"に会いに行こうって話になったんだ。
"あいつ"は俺たちと同じように学校に居場所がなくて、美術室で一緒に遊ぶ友達の一人だった。卒業の前の日に行方不明になって、それっきり。親が夜逃げしたとかなんとか。俺たちの中ではあいつは学校が嫌いだから、卒業式をサボったって話になってた。行方不明の顛末は知らない。
それで、思い出したんだ。卒業の年の冬、美術室で話した馬鹿話。
"あいつ"は言った。
「卒業してさ、十年後に学校が残ってたら、ここに集まって酒を交わそう、こんなくだらない所に三年間も閉じ込められてた恨みを晴らそうぜ」
俺たちは夜の学校に忍び込んで、美術準備室の扉を開けた。見覚えのあるトルソーや、資料用の複製画がぼんやりと青く光っていた。俺たちは"あいつ"の名を呼んだが、当然人の気配はなかった。持ち込んだ酒をちびちびとやりながら、俺たちは思い出を語り合った。俺はなんとなしにビデオを回して、三人のインタビューを撮った。酒も入っていたから、べらべらと喋り、持ってきたテープはすぐに終わった。
"あいつ"は結局朝まで現れなかった。俺たちは再会を約束して別れた。そして数日後、ビデオをダビングして送れとの電話を松岡から貰った。ビデオを観たばかりで、悄然としていた俺は、まだ観ていないから、編集して送るからと言って、電話を切った。
多分もう二度と見ない、松岡達にも送らないだろう。それでも俺はテープを巻き戻して、再生ボタンを押した。モニターに映った映像はざらついていて、暗い校舎の中でライトも点けずに撮ったから、顔の判別も難しい。しばらくすると、俺の声がカメラの後ろから聞こえた。
「夜の校舎に集まった三人に質問です。学校は好きですか嫌いですか?」
早送り
「嫌い嫌い、だいっ嫌い。何がって、授業が。毎日決まった時間に起きるのが苦手だったし、椅子に何時間も座っているのが苦痛だったから。あと、授業の内容が全然わからなかったから、頭悪いんだ。テストも放棄してたし。最後の頃なんて、昼過ぎに行って、美術室で絵を書いてるだけだったよ。一度だけヤンキーの、ほら、神田達と昼休みに抜け出して遊びに行ったけど、楽しくなかった。神田達は朝早くに学校に来てて、俺はやっぱり十一時くらいに行って、昼休みに出て行ったから、休んだのと同じだった。何度か改善しようとも思ったんだけど、だめ。学校行く途中に公園があってね、ベンチに座ると眠くなるの」
早送り
「好き、なのかなあ。休み時間は一人で文庫本読んだり寝たりしてた。一度さ、隣の席の女子が何読んでるの?って聞いてきたから読ませたら、それから話してくれなくなった。えーと、澁澤かな。部活は入ってたけど、文芸部。部室行ったら先輩の頭にいっぱいフケがあったから行くのやめた。あとテーブルトークだっけ、ゲームしてたから。美術室でさ、自意識満載のフリーペーパー作って、中野のトリオに置いたりしてたな。恥ずかしいなあ。授業は別に嫌いじゃなかったけど、体育は担当の教師が嫌いだったからボイコットしてた。三年間一度も出てないよ、授業も、体育祭も。でも数学と国語は出席率良かった、これ自慢ね」
早送り
「僕は、学校好きだったな。学校に行けば皆に会えたから。僕の家は学区のギリギリにあって、小学校の友達とは別の中学になってたから、学校に行かないと友達に会えなかったんだ。朝早く学校に行くと社会科の山崎先生が花に水をやっててね、よく話をした。山崎先生は、授業中にギターを弾いたり妹尾河童の本からコピーをとってプリントにしてた先生、変わった先生だったな。僕らが3年生になった時に地方に飛ばされたんだ確か。誰かが親に「受験の為にならない」と言ったって聞いた。もっと悪い噂も聞いたけど、話したくないよ。学校っていう空間が好きだったな、毎日行く場所があるってのは、気が楽になるよ」
早送り
「僕も大好きだったよ。だから親の都合で引っ越す時に、地元の中学校を卒業できないって聞いた時は本当に悲しかった。今思えば引っ越した先の中学校で卒業したって、同じ卒業なんだけどさ。その時は全然違うと思ったんだ。だから誰にも言わないで屋上に行った。月がすごくきれいで、その時さ、なんでか『もう同じ月は見れない』って思っちゃったんだ。涙が出てきてね、もうそうするしかなかったんだ。だから僕は、今でもこの校舎にいる」
了