「おめでとう」でいいのか? | 【スクロウル】 $iNz blog

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とても悪い気象状況や運営の不手際など様々な問題が指摘されている今回のオリンピック。

実力を発揮しきれないまま競技が終わり、悔しい思いをしている選手が少なからずいるのは残念だ。

「たまたま風に邪魔されなかった人が金」では、選手も観ている側も納得できないのは当然。

すべての競技者が可能な限りベストなパフォーマンスをしたうえで勝敗を決するよう、

悪天候の時は勇気をもって延期の決断をするなど今後は対処してほしい。

 

そんな中、日本人選手もぼちぼちメダルを獲り始めている。

素晴らしいことだ。

ただ、手放しで褒め称えてしていい選手と そうでない選手は区別するべきなんじゃないかと思う。

たとえば銅メダルの高梨沙羅。

メディアや市井の人々は賞賛しているが、彼女があれほど世界戦で連勝してきたことを思えば

今回の結果はあまりにも物足りない。

銅メダルであることを褒められるのは「頑張って頑張って銅が精いっぱい」の人であって、

彼女の実績やポテンシャルを考えると銅であることを褒めるのは逆に失礼ではないか。

吉田沙保里がリオで銀メダルに終わったとき、本人は悔し泣きをしていたし

周囲も気楽に「おめでとう」は言えなかった。

本当の強者が中途半端な結果で終わってしまうのは本人にとってとても不名誉なことであり、

賞賛されるのはむしろ苦痛のはずだ。

しかし今回の高梨沙羅の場合、そこそこ本人が満足気である。

なぜか?

思うに、練習に集中してこなかったことを自覚しているからだろう。

ここが現時点での自分の限界だと知っているから、上出来だと思うのだ。

 

きついことを言う。

顔を整形してみたり、有名になったことで浮かれてタレントまがいの活動をしたり、

競技に集中して来なかったのだから金が獲れないのは当然だ。

今回の結果で本当に満足しているなら、高梨はアスリートとしてもはや終わっているだろう。

ぜひ改心してジャンプに集中して、何としてでも次は金を撮ってほしいものだが

4年経つ前に引退宣言とかしそうな予感しかしない……。