とりあえず、らしい季節を迎えたので登場~

最近は頭の中がお花畑で書くような事が無かったんでね。

この時期のキーンと張った寒さを感じるとやっぱり少しシリアスな事を考えたくなる!

昔よく兄ちゃんと飽きずに語り続けた話を思い出したの
前書いたかな~ま、いっか。

私達はなんの支障も無くいろいろな事を共感、共有して話をしているけど、その共感とか共有はフェイクと言うか、確かな物ではないんじゃないかって。
例えば、車のタイヤを見て形を問われたら、誰しもが丸と答える。
でも丸って言う言葉が同じなだけで、同じ様に見えているかは分からない。
私が違う人の視線でタイヤを見たら、四角に見えるかもしれない。
その違う人は私が四角と言った形を丸と認識して生きてきたのかもしれない。
だから違う人が私の視野てタイヤを見たら、「これは四角だ」って言うかもしれない。

色も同じで、りんごは赤と認識して来たけど、違う人の視線からしたら青かもしれないし。

結果、人の視線で確認なんて当然不可能な話だから、わからないけど。

だから何も支障無く会話したり共感したりしている事も100%では無いかもしれないし、もしそれぞれが違う見え方しているなら、どういう異世界があるんだろう!

結局人間って自分を信じるし、目に見えるもの、肌に感じるもの、耳に聞こえるものしか信じないのよね。

まぁまとまり無いしわけわからないけど、無意味にこういう答えの無い事をフワッと考えるのは好き。
何にもならないからただの自己満でしかないけどね!
だから答えもいらないし、誰かの意見もいらないの。
最近はそんなヘビーなワールドは封印気味だけど、たまにはいいな。