某保護犬収容施設に長期滞在中の
なんのかんのでボブに引取りの
『予約』が入ったというのは
私としても心から喜びたい事態。
でもね、喜べないの。
何故なら私もボブを引き取りたいから。
しかしそれを大声で言ってしまっては
人としての倫理にもとる・・・というわけで
またも朝夕施設のHPを確認し
『ボブ:譲渡先決定です』の告知が
出ていないことに密かな小躍りを繰り返す、
それが当時の私の毎日でした。
ボブに予約を入れたのは
心優しきどこかの『お祖母ちゃん』、
愛する孫に贈るため、と
これはこれで美しい話であるものの
私の見立てとしてはこの話は壊れる。
だってボブのみっともなさときたら空前絶後、
まっとうな美意識を持つお子様なら
泣いて引きつけを起こして
ボブを『自分の犬』とすることに
反発するに違いない。
大丈夫よ、お祖母ちゃん!
祖母と孫の関係では
それって結構よくあることだから!
・・・しかし問題はボブなのです。
思うにあの犬はこれまでに
かの施設において
何度もこのような目にあっている。
つまりほら、ついうっかりボブに恋して
この犬を引き取りたいと思って
その意思を犬と周囲に示すも
配偶者および家族からの猛反対にあい
結局受け入れを断念した人の数は
割と多いんじゃないかしら、という。
そしてボブは見た目こそアレですけど
目には知性の輝きのある犬ですから
そういうことが起きるたびに
ぬか喜びと落胆とをひっそりと
繰り返してきたのではないか、と。
そして下手をするとこれからも
ボブは何度も何度もそういう経験を
繰り返さなければならないのでは、と。
・・・私は市井の一犬好きとして訊ねたい、
21世紀の先進国、
仮にも愛犬国家として知られる英国で
このようなことが許されるのか。
元の飼い主と死に別れ、
しかし躾はきっちり行き届いていて
その性質・気質に問題なしと思われる犬の
たった一つの欠点『不器量』が
ここまでの足かせとなるなんて!
それは違うでしょ!
義を見てせざるは勇無きなりでしょ!
ボブの引取りに反対する
わが夫(英国人)の説得には
もう少し時間をかける予定でしたが
ここは作戦変更だ、だってこれ以上
ボブの心を私は傷つけたくないよ!
「というわけで夫、私は君に話がある」
「な、何ですか」
「現在『予約』が入っているというボブだがな、
あの予約が取り消された場合、
私は施設に譲渡希望の申し入れをしたい」
「・・・!で、でも、僕たちはこれから
旅行の予定が入っているじゃないですか。
犬を引き取ってすぐにその犬を置いて
旅行に出かけるのは
飼い主としての責任に欠けますよ」
「うむ。だからその旨を説明し、
旅行前に譲渡手続きをすべて済ませ、
旅行から帰ったその日に
施設から犬を引き取る算段だ。
書類手続きだけじゃなく、我が家が
本当に犬を引き取れる環境か、
一度先方の視察を
受けなくちゃいけないという話だし、
それに我が家には猫がいるから
犬と猫との相性確認もしなくちゃだろ?
それって割と日数がかかると思うんだよ。
で、環境にも猫との相性にも問題なし、となったら
我々が旅行に出る間の飼育費用を
施設に寄付金という形で渡して
ボブの面倒をもう1週間ほどあっちに
見てもらえませんか、とお願いしたいと思うんだ。
その際掛かる費用はすべて私の個人資金から出す。
私としてはここで君に首を縦に振ってもらいたい」
「・・・どうしてまたここでいきなり
そこまで腹を決めたんですか」
「ボブがこのまま例の予約者に
引き取られるなら私も潔く諦める。
でもあの子がまたここで
破断の憂き目を見るのなら
私はもうこれ以上そんな辛さを
あの犬に味わわせたくはない。
あの子はもう十分悲しい思いをしている。
もう十分だ。誰かが彼に報いてあげるべきだ」
「でも何も旅行前にそんなに急がなくとも・・・」
「旅行から帰ってきて手続きを開始したら
正式譲渡は年明けになってしまうかもしれない。
どうせなら私はあの子に
家庭的なクリスマスを味わわせてやりたい」
「・・・」
説明しよう!
桜の季節に我々日本人が
つい浮かれがちな気分になってしまうように
12月の降誕祭前後の英国人は
何故か『何かいいことをしたい』という
衝動に突き動かされてしまうものなのである!
これはもう信仰心の有無とは関係なく
ただなんとなく無意識のうちに
飲食店で普段よりチップを弾んだり
友人の子供にプレゼントを買ったり
赤十字に寄付をしたくなってしまう様子なのである!
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世界が完璧でないことは知っている、
でもせめてクリスマスの日だけは
皆が皆幸せでありますように、みたいな!
不可知論者を自認するわが夫さえ
この例外ではないところが恐ろしいですね。
そこにつけ込む妻たる私は
もっと恐ろしいかもしれないんですけど。
「ぐずぐずしていたらボブは
クリスマスの夜を人気のない犬舎の
冷たい床の上で過ごすことになるんだ。
拠り所のない、不安な気持ちで。
どうしてあの子にストーブ前の特等席と
夜眠りにつく前の腹撫でとクリスマス用の
特製牛骨を与えてはいけないんだ。
あの子にはそうされるだけの価値があるぞ」
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「でも・・・でも僕はどうしても
あの子の見た目が・・・」
「わかる。君がボブの醜さを現時点で
受け入れられないことはわかる。
それは仕方がない。しかしここは
どうにかして私の希望を通してくれないか。
あの子を欲しいと思う私の気持ちを
今回ばかりは尊重してもらえないか」
「し、しかし・・・」
「冷静に振り返ってみてくれ。
私と君との共同生活にといて
私が我を通した希望がいくつある?
テレビが欲しい私と欲しくない君、
結局我が家にはテレビはないよな?
庭なしの街中のフラットが欲しかった私と
郊外の『広い敷地』つきの家が欲しかった君、
結局我々は馬鹿みたいに
大きな家に住んでいるよな?
引っ越しするにあたって私が欲しかった動物、
馬、山羊、ダチョウ、ロバ、リャマ、そして犬は
どれもこれも『飼えない』って話になったけれど
君が欲しがっていた動物、つまり猫、ニワトリ、
そしてガチョウは何故か全部我が家にいるよな?
いや、猫とニワトリはいいのよ、家に
『ついてきた』わけだし私だって好きだし、
でもガチョウなんかは割と見切り発車的に
君は最初の2羽を購入したよね?
その他にもさ、私は前から今に
『寝椅子』が欲しいと主張しているのに
君は『まずは内装改築から』とか言って、
でもそんな改築をしてほしいと
私は一言も頼んでいないよね?
台所の棚の壁は早いところ張ってくれって
お願いしてますけど・・・まああれも
現時点で手つかず状態ですよね。
いや本当、改めてお尋ねするけど、
この家に現在あるもので私が
『欲しい』とお願いしたものがいくつある?」
「・・・」
「そもそも私がそれほど
物欲のない性質ってのもあるけど
私はここまで我々の生活において
かなりの譲歩をしてきていると思うぞ。
対して君は割と自由に『欲しい物』を
揃えてきている気がしないか?
靴とか工具とか自転車とか、
自転車なんて現在何台あるっけ?
あと君の趣味の植樹関連グッズとかね」
「でも工具だの植樹だのは
君の生活向上にも役立っていますし・・・」
「まあね。でもそれもそもそも
こんな田舎のあばら家に引っ越さなきゃ
しなくてよかった苦労の一環だよね。
いや、君の野菜畑はいい畑だよ?
新鮮な無農薬野菜は美味しいよ?
でもあれも言ってしまえば
君の趣味のひとつで、それでも私は
配偶者として文句も言わず夏場は
草むしり役を買って出ているよね?
見た目がどうこう言うのなら私だって
地中に蠢く虫の見た目は好きじゃないぜ?
でも私はそれを理由に
園芸作業を拒否はしていないよな?」
「・・・」
「そういう私がとうとう心から
『欲しいもの』に巡り合ったんだ。
私は本気でボブが欲しいんだ。
ここであの子を手に入れなかったら、
手に入れる努力をしなかったら、私は
後々までずっと心残りを引きずると思う。
それでまた私はそういう後悔を
ずっとクヨクヨ引きずる性格なんだ。
頼む、ここは折れてくれ。
私にあの子を飼わせてくれ。
これは冗談抜きの本気のお願いだ」
「ちょ・・・ちょっと考えさせてください」
我ながら情と理の双方に訴える
見事な両面攻撃であったと自負する私です。
続く。
・・・でもこう書きだしてみると
私って結構悲惨な結婚生活を
送っている系・・・?
あれっ?
私、大丈夫なのかしらっ?
ら、楽観主義で行きましょう!
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