そんなわけでわが夫(英国人)は

世間から誤解されがちな見た目の

持ち主であるのです・・・いえ、あったのです

(ポイント:過去形)。

 

犬の話からどうしてそんな話になるんだ、

と首をかしげるそこのアナタ、少々お待ちください。

 

つまりですね、犬でも人でも

『外見のせいで内面を誤解される』悲劇は

起こるもので、そうなるとこれは決して

他人事ではありませんよね、という。

 

わが夫は気は優しくて力持ち、

親切だし勤勉だし努力家だし、

内面だけを見ればこれはもう

超優良株間違いなし

(私が言ってごめんなさいね)、

しかしそんな夫は学生時代

衝撃的なまでに異性受けしなかった。

 

その理由はいくつかあると思うのですが、

まず若い頃のわが夫というのがですね、

妙に筋肉のつきやすい体質でしてね。

 

特にその胸板と二の腕と臀部は

服の上からでも露骨にわかる膨らみ方で、

でも夫はその筋肉のために

特別な運動をしていたわけでもなく、

つまりわかりやすいスポーツマンタイプではなく、

そうなると大衆的女性心理としては

「そこまでのマッチョの意味がわからない」、

イコール、「得体がしれない」みたいなことになり。

 

またその、顔もですね、

いえ、うちの夫はそれなりに

味のある顔はしているんですよ?

 

でもその・・・ちょっとまあいわゆる

世間受けするハンサム・・・とは違って・・・

 

若かりし日の夫がある晩

カナダの飲み屋で言われたのが

「ねえ、君って英国人?英国って

いまだにベアナックル・ファイト、

グローブなしの素手で戦う

ボクシングがあるんでしょ?

こう、半分非合法、みたいな感じで!

(ここで相手は声を潜めて)

・・・君ってもしかしてその選手?」

 

つまり素手で強打された趣きの

残る顔面って言えばいいのかしら・・・

 

またそんな夫が時折無邪気に

他人を凝視したり(人里離れた

山奥で成長したため

『可愛い女の子に出会っても

ジロジロ見つめてはいけません』の

社交術の基礎を理解していなかった)

口を開かずに言葉を発したり

(同上の理由で『家族以外の人にも

わかるよう、はっきりハキハキ

話しましょう』の大切さを知らなかった)

・・・私はとある女子集団が悪意なく

「ほらあのシリアルキラーっぽい人」と

夫のことを形容しているのを

聞いたことさえあるのです・・・!

 

 

 

 

しかしまあそこから紆余曲折ありまして、

夫は結婚以来妻である私から

無条件に暑苦しく愛されたためでしょうか、

当時のあの危険な雰囲気

現在拭ったように失せていて

(いや本当、良くも悪くも普通の

好人物風の見た目に落ち着いたんです)

何だったらそんな抑圧の時代が

自身に存在していたことさえ忘れがち。

 

「でもああいう過去をすっぱりと

すべて忘れる事なんて不可能なはずだ。

あの時の悲しみ、疎外感、憤り。

そうした以前の君と同じ気持ち

今、あの犬が持っているとは思わないか」

 

「・・・妻ちゃん、ちょっと待ってください、

君はもしや僕とあの犬を

同列に考えているんですか?」

 

「いやいやいや、さすがに君と犬を

同一視するようなことはしないよ、

でも、そうだな、そう言われると

若い頃の君とあの犬はちょっと似ているかな。

全身のバランスが一見奇妙なところや

目元に癖のある所や

お尻がきゅっと強烈に締まっていて

太腿の筋肉がぐっと詰まっているところ」

 

「・・・」

 

無言になる夫を見て私は悟ったのです、

あ、私は今、地雷原に立っている、と。

 

「つ、つまりそういう点からも

私はボブ(仮名)に

肩入れしているのかもしれん!

恋愛市場で君が売れ残っていたのは

当時君の周囲にいたオナゴ衆に

人を見る目がなかった故だ!

同じことがボブにも言えるというわけだ!

鍛え上げられた臀部の何が悪い!

そこに卑猥さを感じるのは

感じる方の人間の品性の問題だ!

古来残り物には福があると言ってだな、

犬にせよ夫にせよ自分の好みではなく

世間受けを第一に考えるのは違うと思う!

私は君の外見も好きだ、他所の連中が

そこにシリアルキラー的要素を感じるとして

それが私にとって何の意味があろう!

同じようにボブもだな、一般的には

あの子は単なるスケベ面をした

不格好犬かもしれんが・・・」

 

 

 

 

「・・・妻ちゃん、君ってもしかして

僕のことを愛するように

あの犬のことも好きなんでしょう」

 

「えっ?いやいや、まさか!」

 

「君の脳というか心の

僕に対する愛情が形作られている

その同じ場所で、あの犬に対する

好意も生み出されていませんか?」

 

「同じ場所・・・っていうか、

そうだな、近いところではあるかな・・・

愛情をカテゴリー分けすると

二つの気持ちを同じ箱の中に

整理できるかも、みたいな・・・」

 

「ははあ。つまりあの犬は僕にとって

単なる飼い犬候補なのではなく

君の愛情をめぐる競争相手なわけですね」

 

あっ!しまった、私ったら

上から真っ直ぐ地雷を踏み抜いちゃった!

 

「いやいやいやいや!ハッハッハ、夫よ、

君もまた何をどうしたらそんな誤解を!」

 

「妻ちゃん、これは話の前提が変わりますよ。

事はもう『犬を引き取るか』とか『犬の好み』とか

そういうレベルの問題ではありません。

僕が間男候補を家に招き入れるほど

間抜けな男であるかどうか、という話です」

 

 

 

 

「ま、間男って君!」

 

「ええ、僕には見えるようです、

君があのボブ(仮名)を可愛がり甘やかし

ボブもまたそんな君の後を

四六時中追いかけて回り、

だいたい何です!君は僕がどれだけ誘っても

滅多に散歩に付き合ってはくれないのに

ボブのためには朝晩2回山道を

歩き回る心積もりになっているんでしょう?」

 

「それは仕方ないだろ、

ボブを一人で散歩させたら

それはそれで大問題なんだから!」

 

「じゃあ僕が次回一人で散歩をする時に

何か問題を起こしたらその次から君は

僕の散歩仲間になってくれるんですか!」

 

「どんな問題を起こす気なんだよ!」

 

「夫である僕が家の外で仕事をしている時も

君は家の中のストーブ前で

ボブと仲良く語り合いじゃれ合い、

君が庭で園芸作業に従事する時も

あの犬はきっと

君の仲間になりたがるでしょう。

冷静に考えてこの時点でもう

既婚女性が他所の独身男に示すには

度を越した態度と言えますよ!」

 

「いいから君こそ冷静になれ!」

 

「これは僕の父が常々口にしていた事態です、

一部の女性は犬を飼うとそのうち

夫を家に置いて犬とだけ外に出かけたがり

夫よりも犬に話しかけたがり・・・

最終的には犬をベッドに引きずり込むんです!

僕はボブと枕を共有する趣味はありませんからね!」

 

「だから私だってそんなことはしねえよ!」

 

「本当に?じゃあある初夏の晴れた日に

芝生の上で昼寝をする君の隣に

ボブがのこのこやって来て腰を下ろして

寝息を立てはじめたら君はどう思うんです?」

 

「まあそれは典型的な幸せの構図だよな」

 

「ほら!それが浮気心の第一歩ですよ!」

 

「頼む、冷静になれ、相手は犬だ!

君もまさかあれだろう、犬に

嫉妬なんてするわけないだろう?

立派な一人の人間の男としてさ!」

 

夫はしばらく口ごもった後

何かを思い切ったかのように胸を反らし

「わかりました、認めましょう!

そうです、これは嫉妬です!

僕はあの醜い犬に

嫉妬するような男なんです!

嫉妬深い夫として僕はボブを

家に招き入れることはできません!」

 

犬をめぐる心の闇が

渦巻く我が家でありました・・・

 

続く。

 

 

・・・人間、言ったもの勝ち・・・

というのはありますよね・・・

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