〜してくれなかったら嫌だな。
〜すれば〜してくれるかな?
と、無意識で相手をコントロールしようとしたり、相手に期待することが私は多い。
相手の世界のことを、
自分のことのように考える。
今は、突然来た元彼からのメールの返信で、
また新たな自分のエゴを見つめているところだ。
神様が与えてくれた、
自分と向き合う良い機会である。
宇宙はこうやって、
少しずつ課題を出して行く。
彼のメールの返信をどうしようか、
なんと書こうか。
書こうとするたびエゴがたくさん出てくる。
こう書くと、距離置かれちゃうかな?
こう書くと、向こうが負担に思うかな?
こう書くと、変に気があると思われちゃうかな?
こう書くと、嫌われるかな?
私が送った内容に対して彼がどう思うかは、
だーれにも分からない。
きっと神にも分からない。
私がなんと書こうと、
あとは彼の世界で解釈するだろう。
私の世界と、彼の世界。
前のお付き合いの時は、
私の中にこの境界線が無かった。
私の世界には彼の世界が混同していて、
彼のために生きていた。
私の世界と、彼の世界。
その世界の波動が、
一緒にいて心地が良いかどうか。
相性良ければ一緒にいるし、
相性悪ければ離れるだけ。
2人がそれぞれの世界を楽しんでいたら、
素晴らしいことが起こる気がするんだ。
私は私の世界の楽しさを、
ずっと感じていたい。
他人の楽しさに触れるのも大事だけど、
自分の世界の楽しさを感じていたい。
それは恋人であっても、友達であっても、
私の望む人間関係はそういうところ。
ひとまず、
彼がこう動くように、
私はこう返信しよう〜とか、
考えるのは嫌だ。
彼は彼は世界で、
私の世界を判断する。
その彼の世界や判断を信じること。
たとえ、悲しい判断をされたとしても、
それはお互いの世界の解釈や波動が合わなかったということ。
どちらが悪いことでもない。
そ、だーれも悪くない。