いろんな人が、
あれが良いんですよ、
これが良いんですよ、
こういう生き方が真理ですよ、
こういう人は波動が高いですよ、
人間が生まれてきた意味はこうでああで、
日本は大事な使命を持っていて、
と言う。
自分軸のない私は、
それらを達成しようとする。
もちろん出来るわけない。
出来るわけないのは頭で分かっているが、
もう思考がそうなってしまう。
こうやらねば。
ああやらねば。
もうね、これは癖。
そういう思考になるのが、
好きだとしか言いようがない。笑
苦しむのも当たり前よ。
自分を生きるのが怖い。
これはなんでだろう。
心が苦しんでるの知りながら、
でも変わらない。
もう、私は何にもなれない。
ずっと相手の期待を満たすために生きてきた。
一人一人生きる中での価値観は違うし、その人が大事にするものとかあって、
で、私はその一人一人の価値観似合うように自分を合わせる。
でも、それらが望む全てにはなれなくて。
当たり前のことなのにね。
相手がこれが良いと言えば、
そうだね!と言って頷き、
あれは間違いと言えば、
そうだね!と言って頷き、
一人一人出逢う人、話す人、みんなの期待を満足させることばかりしていたら、もうどうすれば良いか分かんなくなっちゃった。
どう生きれば良いか分からなくなっちゃった。
あの人が言ってたこれができない自分はダメだ。
あの人が言ってたあれができない自分はダメだ。
こういう時はこうするのが真理なんだけど、それを分かっていながらできない自分は傲慢だ。知ったかぶりだ。価値がない。波動が低い。生きてちゃダメだ。汚してしまう。次元が二極化する、三次元の人間だ。周りが動いてるから私も動かないと。
もう、何が何だかわからないくらい。笑
分からない。
誰かの考えに頼っては、もう生きられない。
生きていられない。
呼吸はできるけど、
心がもたない。
その状態でも生きれる人はいるだろう。
いっそのこと何も知らない方が良かったのかもと思うけど、きっとそのままだと、自分のない人生を過ごしていたに違いない。
やっと授かった命を、自分のためではなく、他の人の期待を満たすために使っていたに違いない。それは他の人の見返りを求め、自分を満たすといういうこと。自分は自分を満たせなくて、嫌いだということ。すごくすごく悲しい生き方をしていただろうね。
それを考えたら、
自分がわからないという今の苦しみは、
有り難いんだろうね。
自分を生きるということの大切さ、尊さ、素晴らしさを知っているからこそ、今苦しいんだ。
今はもう、存分に苦しみを味わおう。
私は自分が分からないのが苦しい。
私は自分を生きようとしないのが苦しい。
すごく苦しい。