備忘録・日本人捕虜尋問報告 第49号に関し気になった点(追記あり) | 誰かの妄想
2007-05-13 01:16:16

備忘録・日本人捕虜尋問報告 第49号に関し気になった点(追記あり)

テーマ:歴史考察

「アメリカ戦時情報局心理作戦班 日本人捕虜尋問報告 第49号 1944年10月1日」にある記載で、ちょっと気になった点を記載しておく。

以下の記載。


「捕虜 朝鮮人慰安婦20名 」

Prisoners: 20 Korean Comfort Girls

「 この報告は、1944年8月10日ごろ、ビルマのミッチナ陥落後の掃討作戦において捕らえられた20名の朝鮮人「慰安婦」と2名の日本の民間人に対する尋問から得た情報に基づくものである。」

This report is based on the information obtained from the interrogation of twenty Korean "comfort girls" and two Japanese civilians captured around the tenth of August, 1944 in the mopping up operations after the fall of Myitkyin a in Burma.


何かというと、この時捕らえられたのは、20人の朝鮮人慰安婦の他、楼主2人であるのに、慰安婦のみが捕虜とされている点。


記載漏れかとも思ったのだけど、Civilianと書いている以上、Prisoners of War(捕虜)として扱われたとは考えにくい気がする。


つまり、アメリカ軍からは、慰安婦は軍人・軍属としてみなされた、ということかな、と。


で、そうだとすると、楼主2人に対する尋問というのは、民間人の参考人としての聴取に近いものだったのかな、と。


まあ、そんな感じのことを考えました。


「見知らぬ人の前では、もの静かでとりすました態度を見せるが、「女の手練手管を心得ている」。」


この部分が、どうにも楼主2人の発言としか考えられないので(慰安婦本人が言うわけないし、米兵が聴取で判断できる内容でもない)、上記のようなことを考えてみました。



(追記2007/5/14)
eichelberger_1999さんからのご指摘で、楼主も「捕虜」として扱われていることを知りました。
根拠となる資料は、「従軍慰安婦関連資料集成5」で、

26.調査報告書 No.120の「AMENITIES IN THE JAPANESE ARMED FORCES」(1945年11月15日)
の中の「II AMUSEMENTS、9.Brothels、b.BURMA」(pdfファイルのP179、「従軍慰安婦関連資料集成5」のP151、米軍報告書のP17)に「A prisoner of war, a civilian brothel-owner, captured with his wife and twenty army prostitutes near WAINFMAW on 10 August 1944,」とありました。

この資料の参照先は、「SEATIC Interrogation Bulletin No.2 doled 30 November 1944, Pages 10-13」になってます。
dempaxさんのエントリ「『心理戦 尋問報告 第二号』/吉見義明『従軍慰安婦資料集』を読む」(http://d.hatena.ne.jp/dempax/20070512 )で言及されているのがこれでしょうか。

(わかったこと)

まず、捕虜にした慰安婦20人及び楼主2人の計22人に対し、尋問を行った(the interrogation of twenty Korean "comfort girls" and two Japanese civilians)。これが1944年8月20日から9月10日。

(この尋問のやり取りそのものの文書記録が作成され、これがおそらく9月21日に報告されている。)

この尋問のみを参照して主として「慰安婦」に関してまとめたのが、49号(1944年10月1日)。
このため、49号には慰安婦自身の証言の他、慰安婦に関する楼主の証言も含まれている。これに対応する「楼主」に関する報告書もあるんじゃないかな、と思うんですが・・・。

dempaxさんのエントリでは、「以下の記述は,CSDIS(I)において行われたM739の尋問,ならびに戦時情報局によりレド捕虜収容所において行われた朝鮮人「慰安婦」(20名)にたいする尋問(1944年9月21日付報告)に基づくものである.」とあるので、上記の尋問の他に、M739(楼主)に対して、CSDISという部門があらためて別に尋問を行ったわけですね。
で、その結果を連合軍東南アジア翻訳尋問センター(SEATIC)が報告書にまとめたのが2号(1944/11/30)。こちらはどうも軍事的情報価値の高いものを尋問したという感じをdempaxさんのエントリから(全文ではないので感じだけ)受けます。慰安婦がどういう状況に置かれたかよりも、軍隊内の位置付けや運営などに大きな興味があるのでしょう。

さらに、この報告書を基に、連合軍翻訳通訳部局(ATIS)が「調査報告書 No.120 AMENITIES IN THE JAPANESE ARMED FORCES」として1945年11月15日にまとめたようです。






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