産経症・きっと建国神話も歴史だと思ってるんだろうなあ・・・
学校卒業後に全然勉強しなかったせいか、小堀氏はいまだに現代仮名遣いができないようだ。
筆者は個人的には日本史より世界史をお勧めしたいところなので現状に特に不満は無い。それ以上に数学をきっちりやってほしいのだが。南京事件否定論者などに良く見られる論理的思考能力の不足は数学をちゃんとやってないからだと思うし。
【正論】東京大学名誉教授・小堀桂一郎 高校では日本史を必修科目に
■身近な歴史から世界へ知見広げる
≪学習の時機を失しない≫
各地の高等学校で地理歴史科の必修科目たる世界史が未履修のままになつてゐる生徒を、学校側の自由裁量によつて卒業させ得る制度上の遣繰(やりくり)が行はれてゐたことが明るみに出た。その事態への深刻な法的道義的責任問題が発生し、該当する生徒の側にも教員の側にも不祥事の取り返しをつけるための多大な負担が要求されることになつたと報道されてゐる。凡(およ)そ如何なる制度も規則も、これを制定した側である人間の運用の仕方次第でその本来の趣旨が生かされもし殺されもする。今回の発覚は学習指導要領への単なる違反事件としてのみ見る時は、それほど深く咎(とが)めるべき事例とは思はれず、問題はむしろ、高等学校教育の意味を大学受験の予備過程としか見做(みな)してゐない大方の風潮の方に求められよう。
★問題が「高等学校教育の意味を大学受験の予備過程としか見做」さないというのは、同意できる。つまり、そういった教育行政を行ってきた自民党政権に問題があるわけですね。
高等学校在学の平均的年代である16歳から18歳にかけての歳月は、知識と教養の形成の上で、正にその年齢に即応した重要な学習対象が存するのであつて、一般論としても、それに適した年齢時に必要な学習目標をあてがふこと、学習の時機を失しないこと、といふのが教育の要諦のひとつである。前回の本欄の拙論(10月31日付)で、小学校段階に於(お)いてこそ石井勲氏の方式に基づいて、現在の通用の基準から見れば過剰と映るほどの漢字中心の国語教育を励行せよと説いたのも、偏(ひとえ)に、教育には時機が大切だと思ふ故である。
★国語以上に、論理的思考を学ぶために数学が重要と考えます。まあ、国語は国語で江戸時代の朱子学じみた忠君愛国思想を叩き込むので無ければいいと思うけど。多分、この人の頭の中では「蟹工船」とか「野火」とか「海と毒薬」とか「麦と兵隊」とかは国語教材と見做さないんだろうね、きっと。「アカイアカイ、ヒノマルアカイ」「ススメススメ、ヘイタイススメ」とか「キグチコウヘイ ハ シンデモ ラッパ ヲ ハナシマセンデシタ」とかしか認めなかったりして・・・
ところで、小堀氏って文学者なのね。
この論理の延長で考へれば、高等学校の教育は、既に初等教育での「訓練」の段階を通過し了(を)へて具体的な「知識拡充・吸収」の段階に入つてゐる。この時機を逸したら半生の後悔のたねとなり、その損失は取り返しがつかぬといふべき重要な教科が高校課程には準備されてあるのだ。
★繰り返しになるが、数学やってほしい。仕事やってると2次方程式の解も知らないような人がプログラム作ってたり、仕様作ってたりするからなあ・・・
≪学問は歴史に極まり候≫
今回の履修漏れ発覚事件で教育現場の紊乱(びんらん)以上に驚きもし、自分の認識不足を恥ぢざるを得なかつたのは、高校の地理歴史教科に於ける必修科目が世界史であつて日本史ではなかつたことの方である。
★紊乱していたのは教育現場というより教育行政の方ということですね。で、世界史の方が必修って当然じゃん。世界の中に日本があるのであって、日本単独で成立しているわけじゃないんだし。鎖国している間、一体世界がどう動いていたのかを理解しないと、幕末の動きは理解できないでしょ。日本が独立を保てたのなぜかを考えるのに、世界情勢は必須だし(まさか日本が神国だから、とか言わないよね)。
〈学問は歴史に極まり候事に候〉と言ひ切つた荻生徂徠の言葉(『徂徠先生答問書』)を引くまでもなく、凡そ物を学ぶとは即ち先例を学ぶことであり、先人達の為した事考へた事を広く深く知り、その意味をよく心得た上で現在未来の自分の行動の指針として参考にすることである。その先人・先例とは当然ながら先(ま)づ身近なる我が国の歴史に記録されてゐる事蹟を指す。知識見聞は広い方がよいに決まつてゐるから、我が先祖達の事蹟を十分学習した上で、それと直接関りを有してゐた異国の事蹟に、更には直接の関係はなくとも我が関心を惹く様な古い遠い国の出来事にも知見を及ぼしてゆくのは結構であるが、但しこの近くから遠くへ、といふ順序を逆にするのは誤りである。
★荻生徂徠の時代に朱子学のような権力者に都合のよい学問のみ重視し、高等数学のような学問を無視したことが、技術が立ち遅れた原因なわけだが(まあ、徂徠自身は朱子学を批判していたが)。そんな時代の学問を基準に現代教育を考えられてもねぇ。
現代の科学技術を支える物理・化学・地学・生物学・数学など、この時代はほとんど無視されてたわけだしね。
繰り返しだけど、小堀氏って文学者なんだよね。じゃ、理系のことはわからんか。
≪歴史の解釈権奪われた≫
具体的に言へば、高等学校の課程では日本史(筆者は国史と呼ぶ)を第1学年度の必修科目とし、その単位を取得して更に歴史への興味を拡大してゆく生徒が世界史を選択できる様にするのがよい。
高校地歴科の枠内での国史の必修を提言するとき、同心の士の中には次の様な憂慮を抱く人も居られるであらう。即ち、いはゆる自虐史観の跳梁(ちょうりょう)をなかなか退治できないでゐる現状に於いて、この状況を改善することができぬままに少年達に一律に国史の学習を課することは、結果として左翼反日勢力を利する如き祖国蔑視・国家敵視の心情を育成することになりはしないか、との疑念はあり得る。
★「(筆者は国史と呼ぶ)」いやまあ、勝手に呼べばって感じだが。ところで「自虐史観」という言葉自体、善悪を超えて自国の歴史を直視できない人が使うものなんじゃないかね?自国の過ちを認めそれを繰り返さないように学ぶことを「自虐」と呼ぶのは、ムケたての中学生並みに過敏すぎるんじゃない。
「左翼反日勢力」これもおかしな言い方で、左翼であれ右翼であれ、国・国民のため良かれと思って主張するのだから、一方を「反日」と決め付けること自体、レッテル貼りに他ならんわけです。
結局、自分と同じ意見以外は認めない、といういかにも狭量な見解なわけですよ。
「祖国蔑視・国家敵視の心情を育成する」に至っては、現行の歴史教育のどこか具体的に示してもらいたいものです。印象操作としか思えないので。
また繰り返しだけど、小堀氏って文学者なんだよね。歴史は専門外じゃん。ああ、思想史は専門なのか。ふーーーーん。思想史ね。
本年も12月8日の感慨を我々は共有した。昭和16年のこの日が大東亜戦争開戦の詔勅を奉戴した日であることは、戦後世代の脳裡にも知識として判然と刻まれてゐるであらうが、一方、昭和20年のこの日が日本占領のアメリカ軍による「太平洋戦争史」の名を以てしての日本=侵略国家論の悪辣(あくらつ)な情報宣伝戦開始の日付であることは、多くの人の認識の外にあるであらう。
★「我々」ってのは、産経とかネトウヨとか?
「日本=侵略国家論の悪辣(あくらつ)な情報宣伝戦」えーと、要するに日中戦争(1937~)から始まる一連の戦争は侵略じゃありません、と言いたいのかしら?
欧米植民地解放のため?いや、中国は蒋介石の国民党政府が独立を保ってたよな。権益の拡大を続けたのは欧米じゃなくて日本だよね。九カ国条約・不戦条約違反で、これを侵略じゃないって言われてもね。フィリピンは日本が侵攻しなくても、独立の予定が決まってたし。
とりあえず、小堀君は東大名誉教授なのにネトウヨ並みなのね。
62年前のこの日を境として、我が日本は国民から歴史の解釈権を奪はれた。旧敵国による日本=犯罪国家史観の教育が強制され、主権回復の後にもそれは改まらず、そして半世紀余を経過して今日の如き最強の「反日国家」が現出してしまつた。慥(たし)かに現状のままでは国史教育即ち危険思想の育成である。
★「歴史の解釈権」って何?自分に都合のいいように自由に歴史を改ざんする権利のこと?途上国にはいっぱいあるよね。日本も途上国になりたいんだ、精神面で・・・
ところで、こう書き換えてみるとどうだろう。
「旧敵国による北朝鮮=犯罪国家史観の教育が強制され、主権回復の後にもそれは改まらず、そして半世紀余を経過して今日の如き最強の「反朝国家」が現出してしまつた。慥(たし)かに現状のままでは国史教育即ち危険思想の育成である。」
なんか50年後くらいに主体思想の信奉者が言いそうな言葉だよね。
然(しか)し、国史教科書の根本からの編集し直しといふ十数年来の歴史解釈権奪還闘争を通じて、中・高校での歴史教育の再建は緩慢ながら着実な歩みを進めてゐる。今や正統史学に基づいた教科書を柱として、高校に於ける国史必修を実現すべき秋(とき)が来てゐる。(こぼり けいいちろう)
(2006/12/15 05:05)
★歴史教科書が建国神話から始まったらいやだなあ・・・。でも、その時は是非、諸星大二郎先生に挿絵とか描いていただきたいものです。