リットン報告書 | 誰かの妄想

リットン報告書

時間がないので、簡単に。


全文リットン報告書
¥2,300
株式会社 ビーケーワン

産経御用の右翼評論家、渡部昇一氏の本である。

中国をことさら「シナ」(せめて漢字で書けばいいのにね)と書いている以外、訳文と原文には価値があるかな、と。大体、原文では「China」と書いてあるものをなぜカタカナの「シナ」なのかしら。ま、「私は右翼です」という自己アピールなんだろうが。

「Chinese Government」まで「シナ政府」と訳すのには閉口する。1931年の段階で、国際連盟に提訴した政府なら、中華民国の国民党政府しかないだろうが、ネトウヨがよくする主張では、中国は軍閥が割拠していて統一されていないはず。

もし、軍閥が割拠して統一されていないのなら、「シナ政府」などと言う書き方では、どの政府を指すのか不明瞭であるのだが、こうまで「シナ政府」としつこく記載するのなら、当時既に蒋介石の国民党政府によって中国が統一されており、「シナ政府」と言えば異論なく「国民党政府」を指すということも認めているのだろう。きっと。


話がそれたので、内容についてに戻る。

原文・訳文以外には、渡部氏のつましい言い訳がくっついていて、これが結構、必死な感じで面白い。


渡部氏のリットン報告書に対する主張は単純に言うと、


・満州が中国の一部であるとしているのには賛成できない(満州国独立は中国の主権を侵していない)

・リットン報告書は、満州での日本の特殊権益を認めている(なので満州国は正当だ)

・辛亥革命は革命じゃなく独立運動だ(独立が正当であることの主張)


こんな感じ。これを前書きにもってきて、まるで自分=戦前日本であるかのように必死に自己弁護しているわけである。


で、確かにリットン報告書そのものは、(独立は認めないものの)満州での日本の特殊権益を認めるような内容になっているわけで、もし日本がこの報告書を受け入れていれば、満州は中国内の親日自治政府としてなし崩しに認められた可能性はあった。


ところで、渡部氏が全く触れていない点がある。

リットン調査団の派遣を日本が提案したことは記載しているし、リットン報告書の公式発表(1932年10月2日)前に満州国が独立したことも書いている。ところが、満州国の独立を日本がいつ承認したか、という点については一切言及がない。

「独立」は、「独立します」と宣言するだけでは成立しない。「独立国」として認める相手国が必要なのだ。


日本が満州国の独立を承認したのは、1932年9月15日の日満議定書の調印のときである。


つまり、日本は、自分で調査団の派遣を申し出ていながら、その調査報告書が公式発表(1932/10/2)される前に、満州国を承認してしまったわけだ。たった2週間ガマンすれば、公式発表後のリットン報告書の内容を吟味できたのに、である。(実際には公式発表前に内容は把握していたが)


日本自ら踏みにじった報告書を、実は日本にとって良いことが書いてあった、と今さら言ってもしょうがないのだが、渡部氏はそれについて、都合の悪いことは伏せて、グチグチ書いているわけだ。同じ日本人として、恥ずかしいなあ。


ところで、この当時の状況については、大杉一雄氏の「日中十五年戦争史」(中公新書)が詳しいです。